18
「何だよ南郷さん、くすぐったいって」
「大丈夫、みたいだな」
「そう言ってるじゃない」
クックッと笑いながらアカギは南郷を見た。
「心配性だねアンタ」
「そりゃ心配もするさ」
ハァと南郷は胸を撫で下ろし、それからまた財布を見た。
「随分と勝ったなぁ」
「そうでもないよ」
事も無げに言うアカギに、南郷はまた小さく溜息をつくのだった。
だが何だかんだでその金を手に二人でアパートを出て肉屋へ向かうと、特売なんぞを物色していた南郷を尻目にアカギが勝手に肉を選んだ。
「これちょうだい、おじさん」
「おいっ、お前これ、一番高いやつじゃないか!」
「そうだけど?」
店主に量を聞かれれば、アカギは首を傾げながら「二キロぐらい?」と南郷に聞いた。
単純に一人一キロと考えたようだ。
「そんな食えるか!」
「そうなんだ。よく分からない」
「あー、えっと、八百グラムで充分だ。いや、多いな。五百でも…」
「いいよ、面倒だし、二キロで」
「おい!」
「おじさん、二キロ」
店主は威勢の良い返事をして肉の準備をし始めた。
「あぁ、おいアカギィ」
「まぁいいじゃない」
「お前なぁ」
肉の包みが入った紙袋が差し出されて高級肉相応の値段を言われると、南郷は渋々ながら金を払った。アカギの稼いだ金ではあるが、やはり南郷は高い買い物に気が引ける。
「帰ろうか」
「お前これだけで良いのか」
「うん。肉が食べたかっただけだし」
「・・・」
アパートに戻り台所に立てば、南郷は高級肉を料理するという緊張に固まってしまう。
ただの焼肉として食べた方がまだ良さそうなものだと、包丁を持ちながら動けずに居た。
「どうしたの」
「なぁ、俺程度の腕なんかで料理されたらこの肉も可哀想だと思わんか」
「は?」
「だってお前、これ、あの値段だぞ?味付けするのも勿体無い」
「・・・」
完全に三百万を得ていることを忘れている口振りである。
「いいよ。アンタが作ったやつが食べたいんだ」
「でもなぁ」
「さっき言ってた野菜炒めにちょっと入れればいいだけじゃない」
「や、野菜中心の料理なんぞに使えるか!」
南郷の必死さにアカギは溜息を一つ、部屋と台所で会話をしていたが立ち上がって歩み寄る。
「じゃぁこれだけ炒めれば」
「ん?」
「焼肉みたいなもんになるでしょ」
「まぁ、そうだな」
「味付けはしてね」
「・・・それが勿体無い」
どうしたもんだろうこの人は、と本気で悩む十三歳。
「味無いままで食う方が勿体無いでしょ」
「うーん」
「まぁアンタが良いならどうでも良いけどさ」
「じゃ、じゃぁ、やるよ」
「味付けを?」
「あぁ」
「そりゃ良かった」
アカギはようやくと言った感じで肩を竦め、ちゃぶ台の方に戻っていった。
南郷は緊張の面持ちで肉を焼き、塩と胡椒を降って唸った。その様子をアカギは何気に楽しそうに見ている。
「どう?」
「話し掛けるな!集中してるんだ!」
「あぁ、そう」
「笑うな!真剣なんだ!」
「分かったよ」
ものの数分だが、南郷には随分と濃い数分だったようで、疲れと満足を顔に現しながら皿に盛った焼肉を手にちゃぶ台へやってくる。
部屋には肉の良い香りが漂っていた。
「出来たぞ」
「うん」
「いただきます」
「いただきます」
この言葉にも随分と慣れたようで、アカギは自然に言えることが出来た。
それから二人、高級肉を焼いて塩胡椒を降っただけのそれをパクパクと食べた。
「ん〜・・・やっぱ美味いな!」
「そうだね」
アカギはさほど表情変わらず食べ続けている。打って変わって南郷は満面の笑みだ。本当に美味しそうに食べている。
肉の味よりも南郷のその笑顔の方がアカギには味深いものに思えた。
食べていれば匂いを嗅ぎつけたか、聞きなれた音が窓の方から微かに響いた。
「お、あいつら、嗅ぎつけたな?」
「猫も鼻いいんだね」
「動物は皆そうさ」
「へぇ」
「でもさすがにこれはなぁ」
「いんじゃない?」
「え」
「まだあるでしょ」
「まぁあんだけ買えば」
「どうせ日持ちしないだろうし、あげたら」
「猫にあんな良い肉をか!」
「きっと喜ぶよ」
「うっ・・・」
喜ぶという言葉に押されたか、南郷は渋りながらも使い切れず残った生肉を一切れ持って窓を開けた。
野良猫は今夜も二匹、昨晩と同じ奴らだ。
「またお前らか」
どうやらこの二匹は固定客になりそうだ。
南郷はしゃがみこんで、すぐ目の前の石段に肉を置いた。猫は匂いを嗅いで、チロリと舐め、それから突然にむしゃぶりつく。
「美味いか?美味いだろ」
一人勝手に会話を進める南郷の背中を見ながらアカギは肉をまた一口食べる。
夢中になっている猫二匹は喧嘩を始めてしまい、南郷は二つに切ってやれば良かったと思うが、高級肉の尋常ではない柔らかさのおかげで、それは奪い合う猫二匹の牙で簡単に二つに裂けてしまい、すぐにそれぞれでがっつき始める。
心配なかったなと南郷は安堵し、それからちゃぶ台に戻った。アカギはそれと入れ替わるように、腹ばいになって肉をモグモグ食べながら窓の下を見る。猫が石段の上で肉を貪っているのを見詰めた。
するとズボンの裾をクイクイと引っ張られ、南郷を見遣る。
「食いながら転がるな。行儀悪いぞ」
アカギはまた猫を振り返って見てから、ゆっくりと身体を戻した。
「南郷さん、俺にも、肉ちょうだい」
「は?」
「あいつらみたいに」
「生肉食いたいのか?腹壊すぞ」
「そうじゃなくて」
「え?」
首を傾げる南郷の方を向いて、アカギは口を開けた。
「・・・食わせろってか」
アカギは二度頷く。
「んなこと俺は猫にしてないぞ」
「似たようなもんでしょ」
そう言うとアカギは再び、あー、と口を開けた。
南郷は不可解な表情を浮かべながらも、とりあえず肉を箸で一つ摘み、アカギの口へ運ぶ。それをパクリと銜えれば、普通にアカギは噛み始めた。
「これで、いいのか?」
肉を飲み込めばまたアカギは同じ動作をして見せた。南郷はますます不思議そうな顔をしながらも、やはりとりあえず、肉を一つアカギの口へ。
またアカギは南郷の箸からそれを食べる。
「・・・何がしたいんだ?」
「今してることだよ」
「そう、か」
「あ」
「ん、あ、あぁ」
再び同じ行為を繰り返す。
アカギはどことなく満足そうではあるが、南郷は謎が増すばかり。
トケユクコオリ