17


 一方、家を出たアカギはというと、駅まで来てはいたが電車には乗らずに居た。
 今からではどうせ行っても最後の時限で終わりである。やはり学校に向かうのが面倒になって、踵を返した。だが南郷の元に返れば何か言われるであろうことは目に見えていたので、駅前をブラついてみる。
 すぐに小さな雀荘の看板が目に入った。
 暫くそれを見詰めてから、ゆっくりとした足取りでその建物の脇に付いている細い階段を上がっていく。
 錆びた蝶番いの甲高い音を響かせながら扉を押し開けると、途端に煙草の煙がムワリとアカギの身体を包んだ。


**************


 二時間後、アカギは三個の財布を手に収めて雀荘を後にした。
 店内では今頃大変な騒ぎになっているだろう。暇潰し程度のつもりだったので破滅までは追い込まずとも、その場でむしれるものは全部むしってきた。
 一回戦で財布の中身を全部いただくと、それを取り戻そうと躍起になって再戦を挑んでくる男たちに、賭け金がないとやらないと言い切る。彼らはアカギの言うままに他の客に金を借りて勝負を再開するが、惨敗。
 結局、アカギと卓を囲んだ男三人は借金を背負い込む嵌めになった。真っ当に働けば何とかなるであろう額ではあったので破滅はないものの、大ダメージである。
 そして彼らに戦う意思がなくなったのを知れば、アカギは素直に店を出たのだった。
 最初この格好では当然追い出されそうになったが、いつもの堂々として皮肉口で発破をかければすぐに乗ってきた。手持ちの金は無かったが三百万を賭けると言えば彼らの興味をそそったようで、手元にはなくともアカギの纏う一種異様な空気が金の話を信用させた。本当に金が無ければ内臓を売れば良いと笑いながら言っていた男たちが、結局は全て持っていかれたのである。
 そもそもアカギの言う三百万も南郷の金であってアカギの金ではないのだが、それは今更どうでも良いことだ。
 随分と分厚くなっている財布を三つとも鞄に放り込めば、アカギは二時間前に上がった細い階段を降りていった。
 店を出る前に見た時計は午後二時を少し過ぎたことを示していて、今なら帰っても大丈夫かと、アカギはアパートへの道を歩き始める。
 一応、背後に気を向けてはいたが、不穏な輩が追って来る事は無いようだった。
 途中、ふと南郷に何かお土産を買っていこうかと思ったが、何を買えばいいか分からずやめた。
 アパートに着けば、南郷は出掛けているようで扉には鍵が掛かっていたので、貰った鍵を使って扉を開ける。
 少しだけ嬉しくなってしまって笑みを浮かべている様は、先ほどチンピラまがいの男どもから金を勝ち取った少年と同じとは思えない。

「南郷さん、どこ行ったのかな」

 そう呟きながらアカギは鞄を降ろして麦茶を一杯飲んだ。それから、何気なく布団に転がれば昨晩の寝不足が今頃効いてきたか睡魔に襲われ、すぐに眠りに落ちてしまったのだった。
 さてそこからさほど時間も経たないうちに南郷は帰ってきて、鍵が掛かっていないことに驚いたが、中に入ればその理由が布団に転がっていて納得した。


*************


 暫くして、アカギは空腹で目が覚めた。部屋の中は赤く染まっていて、夕方なのが分かった。
 静かに起き上がれば、南郷がこちらに背を向けて新聞を読んでいるのに気付き、それを見詰める。
 南郷はアカギが起きたことには気付いていない。アカギはもそもそと近付いて、背中にゆっくりと抱きついた。

「うおっ」

 音を立てなかったせいか南郷は案外に驚いて、後ろを振り返る。

「あぁ、起きたのか。驚かせるなよ」

 そんなつもりはアカギには無かったが南郷が可笑しそうに笑っているのを見れば、まぁいいか、と思えた。
 南郷は顔を前に戻してまた新聞を見ながら喋り始めた。

「学校終わるのってけっこう早いんだな」
「そう?」
「俺んときは今ぐらいに家に・・・あぁ、部活やってたからか」
「へぇ、何部だったの」
「野球部」

 南郷らしいと、本人の背中に張り付いたままアカギは思う。

「部活ってほど大したもんでもなかったけどな。運動好きの奴が集まって遊んでるようなもんさ」
「そうなんだ」
「まだ戦争で慌しい時代だったからな」
「へぇ」
「お前は何かやらないのか」
「部活?」
「あぁ、何もやってないんだろ。あの時間に帰ってるってことは」
「興味ない」
「身体動かすのも良いもんだぞ。お前細いし肌も白いし、少し動いた方が良いと思うんだがなぁ」
「いいよ」
「そうか?」

 そのときアカギの腹が鳴った。一瞬の間の後、南郷が盛大に笑い出す。

「腹減ってんなら言えよ」
「・・・」

 アカギは、そういえば空腹で起きたのだということを今更思い出した。

「夕飯にするか」
「うん」
「今夜は何にするかな」
「何でも良いよ」
「そう言うと思ったよ」
「アンタが作るなら何でも良い」
「なんだそれ?」

 南郷は笑いながらアカギの腕を離させて立ち上がった。温もりの消えた手をアカギは見詰める。
 台所へ向かった南郷は冷蔵庫を開けて中を物色した。

「野菜炒めでも作るか」

 不意にアカギは肉が食べたくなった。思いついたら実行する男、アカギ。とりあえず南郷に打診した。

「肉が食べたい」
「はぁ?何でも良いって言ったろうが」
「急に食べたくなったんだ」
「買ってこなきゃないぞ肉」
「じゃぁ買ってこようよ」
「お前なぁ」
「いいじゃない」
「・・・仕方ねぇなぁ、ったく」

 南郷は冷蔵庫を閉じてちゃぶ台に向かい、財布を手に持った。
 すると「あ」と動きが止まり。

「そう言えば金が・・・」

 南郷は財布の中身を確認する。それから渋い顔をして頬を掻いた。

「悪いアカギ。財布ん中がほとんど空だ。昼間にガスの集金が来てな」
「そう」
「銀行も開いてないし、今夜は無理だな」
「あるよ、お金」
「へ?」

 アカギは自分の麻鞄を手繰り寄せれば、中から南郷の見知らぬ財布をポロポロと出してくる。

「・・・何だそれ」
「財布」
「そりゃ見ればわかるよ」

 そのうちの一つを南郷は手に取る。

「しかも随分と厚い・・・」

 中身を覗いて南郷の言葉が止まった。

「お前、これどうしたんだ!」

 アカギはようやく自分の失敗に気付いた。
 しまったと思ったときには遅く、もうどうも出来ない状況である。嘘を付く気はさらさら無いが、わざわざ言うこともないと思っていたのに。

「昼間に、雀荘で」
「はぁ?」
「勝ったから貰った」
「お前っ、学校は!」
「面倒だったから」
「一人で雀荘行ったのか!」
「うん」
「危ないだろ!」

 どうやら南郷の怒りの原因は、学校のことではなくて一人で雀荘に行ったことのようで、予想と矛先がずれたことにアカギは少なからず安堵した。

「何もなかったよ」
「だからってお前なぁ」
「じゃぁ今度は一緒に行けばいいじゃない」
「そういうことじゃないだろぉ」
「ん?」
「子供が行くとこじゃないって言ってんだ」
「今更だよ。明後日にはもっと危ないとこ行くんだ」
「そ、それは、そうだが・・・」
「別にチンピラとやるぐらい怖かないさ」
「ホントに何もなかったのか?」
「見れば分かるだろ。ピンピンしてる」
「そう、だな」
「負けたら内臓売るって言われたけどね」

 可笑しそうにアカギが笑えば、南郷はサーッと青くなって財布を投げ出しアカギに駆け寄る。それからあちこち確認するように触ったり叩いたりした。

ケレドココチイイ

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