16


「いいじゃない。キスの一つや二つ」
「いいわけあるかよ・・・」
「男同士で騒ぐことじゃないでしょ」
「男同士だから騒ぐんだろうが」
「女々しいなぁ」
「はぁ?」
「男なら接吻なんかいくらしたって平気で居ないと」
「そ、そういうもん、か?」
「動揺してる方がみっともないよ」
「そう、かもな」

 丸め込まれている気がしないでもなかったが、アカギに言われるとそんな気がしてくる南郷。

「減るもんじゃなし」
「そう、だよな。減りはしないし、な」
「だろ?」

 言うとアカギは再び不意に南郷の唇を吸った。
 南郷はビクッと肩を揺らして、目を瞬く。

「・・・ほら、ね?」

 何が、ほら、なのか南郷にはよく分からなかったが、二度目でようやく分かったのは、さっきのも今のも驚きはしたが不快ではなかったという事だ。

「まぁ、平気、だな」
「・・・」

 南郷のポロリと漏れたような一言に、アカギは思わず目を見張る。

「アカギ?」
「・・・なら、良いじゃない」

 今度は少し試すかのように、アカギの顔がゆっくりと寄ってくる。
 何故こんなことをしてくるのか南郷にはやはり全く分からなかったが、アカギの求める接触を拒むのはいけない気がした。
 そして三度目は合意の上で唇が重なり、南郷はギュッと目を閉じる。
 不快は無いが、罪悪感が少しあった。
 背を抱くアカギの腕に少し力がこもる。
 何度か吸われ、それから下唇をパクリと食べられた。
 思わず背が震えたが、次の瞬間パッとアカギの顔が離れた。

「・・・?」

 終わったのかと南郷は安堵と疑いが入り混じった目でアカギを見る。
 アカギはというと、片眉を上げて複雑そうな顔をしていて、それから急いで腕も離し南郷に背を向けた。
 南郷は眠るのだろうと思い、小さくホッと息をついた。

「あー、おやすみ、アカギ」

 それだけ言うと、南郷は天井を向いて目を閉じた。
 キスをしてきた理由も分からないし、それを許した自分の思考もよく分からないが、確かに男が細かいことで四の五の言ってちゃ女々しいな、と一人強引に納得していた。
 だが先ほどの出来事は決して細かいことではないし、下手をすれば、いやしなくとも、世の中の道理に反することである。
 南郷の天然っぷりもここまで来れば才能だ。それに頭を悩ますのは当然いつも周りの人間で、知らぬは本人ばかりなり、なのである。
 そしてここにも困らされている少年が一人。
 自ら振ったとは言え、まさかの現象が彼の身に起きている。
 返事もせず暫く黙って身動きもせずに居たアカギだが、突然にガバリと上半身を起こした。
 眠りに落ちかけていた南郷が驚いて目を瞬かせる。

「ど、どうした」
「何でもない」
「そう、か」
「便所」

 それだけ言うとアカギは布団から出て便所へ向かい、夜中にも関わらず少し乱暴に扉を閉めた。

「腹壊したか?」

 見当違いなことを呟きながら、南郷は寝返りを打った。
 その頃アカギは便所内にて、己の下半身を見ながら眉を寄せている。

「・・・」

 無言。
 自分の言うことを易々と聞き入れて抵抗しない南郷の天然さが、心配でもあり嬉しくもあり。
 顔には出ないがまさに一喜一憂。
 そして今は自分の身体状況に、憂の方。
 アカギはこの歳の割に知識は豊富で、どうすれば良いかは分かっている。
 だが自分でというのはあまり、というか一度もしたことは無い。むしろ触れられもせずにこうなったことさえ初めてである。
 南郷は麻雀以外にもアカギの初めてを知らずして促したことになる。

「・・・仕方ねぇな」

 アカギは肩を竦めて、下着を降ろす。
 こんな間抜けな夜を経験させてくれるとは、思っていたよりこの気持ちは本気らしい、とアカギは思うのだった。
 そして部屋に戻る頃には南郷はもちろん夢の中で、その安らかな寝顔に軽い怒りが湧いたのも初めてであった。
 難攻不落、否、難攻可落。
 落とすのは可能そうだが、簡単にはいかないであろう砦である。


************


 そして次の日。
 南郷は、元々は持っていた健全な体内時計が直り始めているのかアカギよりも先に目を覚ました。
 まだ隣に眠っている少年が居るのを見れば、自分の生活リズムが会社勤めの頃に戻ったのかと少しだけ嬉しくなる。
 だがふと時計を見れば、そんな簡単に戻るわけもないことを知る。
 十時を過ぎていた。
 思わずガックリするが、ハッと思い出したようにアカギを叩き起こした。

「おい!おいアカギ!起きろ!」
「ん・・・」
「学校!もう十時過ぎてる!」
「ん〜・・・寝かせてよ、南郷さん」
「馬鹿!早く起きろって!」
「もういいよ・・・行っても遅刻だし」
「だからだろ!ほら!」

 むずがるアカギの背を強引に抱き起こして、頬をぺちぺちと軽く叩いた。

「まだ授業あるだろ!」
「いいって、ば・・・」

 ようやく薄っすらとアカギは目を開けたが、どうやら今日は行く気は無いようで一向に動き出さない。

「ったく、仕方ねぇなぁ」
「眠い」
「あ、そうか。腹大丈夫か?眠れなかったか」
「・・・誰のせいだと」
「あ?」
「何でもない」
「まだ痛いか?薬あったかな」
「いいよ。腹は痛くない」
「え?そうか」
「昨日も別に腹痛かったわけじゃない」

 では普通に用を足しに行ったのかと、南郷は胸を撫で下ろす。だがそれなら尚更だとアカギを布団から引きずり出した。
 ちゃぶ台の前に座らせて、肩をポンと叩く。

「今、飯作るから。お前は着替えてろ」

 急げと言うのにしっかり食事はさせようとする南郷に、アカギは寝惚けながらも可笑しくなった。
 南郷は手早く目玉焼きを作り、昨晩の味噌汁とご飯とを一緒にちゃぶ台に並べた。着替えていないアカギを見れば、台所で顔を洗わせる。
 さすがにそこまですればアカギも目が覚めてきたか、緩慢な動作で着替え始めた。
 南郷もその間に顔を洗い、二人で朝飯兼昼飯を取り始める。味噌汁は温かいが、ご飯はさすがに冷えたままである。

「朝から冷や飯ってのもあれだな」
「別に良いけど」
「ちゃんと朝に飯炊くか」
「南郷さんが食べたいなら」
「お前のためだろが」
「・・・いんじゃない」

 自分のために、と言われれば綻びそうな顔を、アカギは堪えた。

「毎日とは言わないけどな。まぁやれるときにはさ」
「うん」

 食べ終えて、歯磨きをさせ、学校の準備をさせた。
 と言っても鞄を抱えるだけで良い。中身は変わらない。

「いってらっしゃい」
「・・・いってきます」

 そう言うが、アカギは玄関に立ったまま南郷をジッと見詰めて動かない。
 南郷は片眉を上げた。

「どうした?」
「・・・」
「遅刻だけどまだ授業あるだろ?」
「・・・」
「なんだよ」

 アカギはヒョイっと爪先立ちになって南郷と唇を重ねた。

「っ!」

 南郷は慌ててアカギの肩を掴んで押し返す。

「何やってんだ!」
「じゃぁ、いってきます」
「・・・え、お、おぅ」

 アカギは何事も無かったかのように扉を開けて出て行った。
 目の前で閉まった扉を見詰めながら、南郷はただ不思議そうに首を傾げるのだった。

「なんなんだ、ホントに」

 怒りより先に疑問がきてしまうあたり、善人過ぎる。
 だがその疑問も深くは追求しないところは、案外に根が適当なのかもしれない。もしくは、理由を知ってはいけないと、無意識に感じているのか。

「まぁいいか」

 いや、やはり真面目に見えて根は適当、というのが当たりのようだ。
 それから南郷は食事の後片付けを開始した。

ヌルサニハナレズ

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