15


 店を出たアカギと南郷は、横路地を抜けて歓楽街の通りからすぐに外れ、静かになった道を駅に向かって歩いていた。

「南郷さん、あれ誰?」
「どれ」
「さっきの女の人」
「あぁ、あの店のママだとさ」
「・・・」
「どうした」
「気に入られたみたいだね」
「誰にでも言うに決まってるだろぉ」

 そう口では言いながら、顔はニヤけている。
 少し足早になったアカギの隣に並ぶ南郷は、だが、子供の足での早歩きには余裕で着いてきていて、アカギの機嫌が悪くなっている事には全く気付かなかった。
 電車を乗り継いでようやく家に帰れば、南郷は水を一杯飲み干す。

「何も食わなかったな。お前、腹は」
「減った」
「昨日の煮物ぐらいしかないぞ」
「それが良い」
「そうか」

 軽い食事を用意して、二人で食べ始める。
 昨日と変わらない静かな食卓だが、何故か沈黙が重い。元々口数の少ないアカギだが、今夜のだんまりは昨日とはまた違う気がした。

「アカギ」
「何」
「学校で何かあったのか」
「なんで」
「いや、何となくな」
「何もないよ」
「・・・そうか」
「あぁ」

 食べ終えてから二人台所に並んで片付けをしていれば、窓を引っ掻く音が聞こえた。
 今夜はどいつだろう、というか何匹だろう、と茶碗を拭きながらアカギが考えていれば、洗い物をしていた南郷がアカギの方を振り返る。

「アカギ、餌やっておいてくれ」
「うん」
「昨日のが下にあるから」

 流しの下を視線で示す南郷を見て、アカギは茶碗拭きを置いてそこを開けた。
 つまみらしきものがいくつか適当に詰まれている。一番上の袋は開いているようで、ゴムで止められていた。
 それを出して中身をいくらか手に取れば、再びゴムで止めて戻し扉を閉める。
 窓の方へ行きカラカラと開ければ、昨晩の猫と以前逃げた黒い猫が居た。
 どうやらアカギの匂いは認識したようで、今度は逃げずに入り込んでくる。よく見ると黒ではなく、濃い茶色なのだと分かった。
 腰を降ろして干物を切り裂き差し出せば、猫は喧嘩をしながら食べ始める。もう一切れ出せば喧嘩を止めて、それぞれ餌に夢中になった。
 片方が膝に乗ってくれば、その頭を撫でながら、時折また干物をあげた。
 そうしているうちに南郷が洗い物を終えてやってくる。

「今夜は二匹か」
「うん。こいつ、昨日逃げたやつ」
「あぁ」

 それから、アカギの手にあった干物を全て食べ終えれば猫たちも満足したのか、じゃれたり噛み合ったりして遊んでいた。
 新聞を読んでいた南郷は、不意に膝に乗ってきた猫に気付いて抱き上げる。すると顔を舐めてきたので笑いながら肩を揺らした。

「こら、やめろって」

 干物の匂いがする、と言いながら南郷は笑みのままに、猫を顔から離す。
 それを見ていたアカギがボソリと呟いた。

「いいな」
「はぁ?」
「・・・いや」
「何だ、こんなのが羨ましいのか?ほら、こっち来い」

 アカギは思わず目を瞬く。
 何を言ってるか分かってるのだろうかと疑いながらも南郷の方に四つん這いのままジリジリと寄るが、案の定、意図を履き違えている南郷は手を伸ばしてアカギの頭を撫で回した。
 孫を見るおじいちゃんのごとき仏顔だ。

「・・・違う」
「え?何?」
「なんでもない」

 諦めたアカギは溜息を一つ、その場に座り直した。
 少しして、猫達はまたフラリと何事もなかったかのように部屋を出て行き、アカギは窓を閉めて南郷の隣に腰を降ろした。

「なぁアカギ」
「ん?」
「本気でやるのか」
「何を」
「勝負だよ、金曜の」

 猫のようにアンタの顔を舐めることかと一瞬でも思ったアカギは、顔には出さずにその思考を打ち消した。

「やるよ?」
「でも八百万だぞ。負けたらどうなるか」
「南郷さん、俺、言ったじゃない」

 アカギはちゃぶ台に肘を着き、手の甲に顎を置いた。

「狂気がないとアイツらには勝てない」
「・・・」
「自分を捨てちゃいなよ。アンタになら出来るさ」

 店で言われたことを再び言われ、南郷は落ちていた視線をアカギに向けた。

「自分を捨てる、か」
「そう」

 アカギはククッと笑いを零した。
 ゆっくりと息を吐いた南郷は、よし、と言って勢い良く立ち上がる。

「風呂行くぞ、アカギ」
「あぁ」
「そうだ、お前の服買っといたんだ」
「え?」
「Tシャツぐらいはあった方が良いだろ」

 南郷は買っておいたTシャツと下着を差し出し、それを受け取ったアカギはジッと物を見詰め、ありがとう、と小さく礼を言った。
 それから風呂道具を準備して、アパートを出る。
 銭湯に着けば浴場に入って湯に浸かり、一息ついたところでアカギが不意に南郷に聞いてきた。

「南郷さんて、女の人にモテるの?」
「はぁ?」
「あの店の女、アンタのこと気に入ってたじゃない」
「ん?あぁ。だからアレは誰にでも言うんだって、多分」
「そうかな」
「そうに決まってるだろ。俺はモテたことなんて一回もない」
「へぇ」
「未だに一人身なんだぞ?って言わすなよ」
「勝手に言ったんじゃない」
「お前が変なこと聞くからだろ」
「・・・鈍感だから気付かないだけかも」
「何に」
「女の視線に」
「あぁ、女心が分からないってか?そうかもなぁ」
「え」
「それが分からないからモテないんだな、きっと」
「・・・そうじゃない」
「は?」
「もういいや」

 南郷は意図が分からず首を傾げるが、それ以上はアカギは何も言ってはこなかった。
 銭湯を出ればアパートに戻り、アカギは新しいTシャツで布団に潜った。
 南郷も後から布団に入ると、また細い腕がその背に回る。

「暑くないか」
「別に」
「そうか」
「南郷さん」
「ん?」

 南郷が胸元のアカギの顔を見下ろせば、唇が重なった。
 不意の出来事に南郷は一瞬固まる。
 アカギは顔を元の位置に戻し、何事も無かったかのように「おやすみ」とだけ告げた。

「・・・おや、すみ」

 南郷が無意識に同じ言葉を返すと、さして間も置かずアカギの寝息が聞こえてきた。南郷は未だに硬直を解けない。
 だが、ようやく目を一度瞬けば、ブワッと熱が上がって汗が出た。

「あ、ああ、あ、アカギィ!」

 ガシッとアカギの細い肩を掴んで揺り起こす。

「ん・・何?」

 眠りを妨げられて不機嫌そうな顔が南郷を見る。

「い、今の!今の何だ!」
「何って、キスでしょ」
「そりゃそうだよなぁ、キスだよなぁ・・って違うだろ!」
「違わないよ。キスじゃない」
「そうじゃなくて!なんで俺に、き、きき、キスなんてしてんだ!」
「したかったから、でしょ」
「そりゃそうだよなぁ、したくなきゃキスなんてしないよなぁ・・ってだから違うだろ!」
「違わないよ。どうしたのさ」
「どうしたのはお前だ!なんで俺なんぞにキスしたくなったんだよ!」
「なんでだろうね」
「お前、なぁ・・・」

 暖簾に腕押しのようなアカギの回答に、さすがに南郷も力が抜けた。

ママナラヌコト

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