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決まったことは、日時と場所、立会人。
三日後の金曜ということは、あのチンピラ達に呼び出されている日だ。だがアカギはそれを二人には言わずにおく。
さらには儲けの分配内容。ずるがしこい悪徳刑事にも相応のリスクを背負わせ、金額は南郷の予想を越える所にまで達していた。
そのせいで腰が引けている南郷をアカギは狂気へと推し進める。
あの夜のチキンレースのように、そして南郷も一度は見せた、あの生きた気配。あれがなきゃ、今回の件では生き残ることは出来ない。
「南郷さん、自分を捨てちゃいなよ、もう一晩だけ」
その言葉の魔力に、南郷はゴクリと唾を飲んだ。十三歳とは到底思えない迫力に、気押しされてしまう。
そして結局、静かに頷いたのだった。
安岡は、自分の予定とはかなり狂い二百万のリスクを背負うこととなってしまったが、とりあえずは話が纏まったことに乾杯しようとグラスを掲げた。
ようやくアカギもグラスを手にする。
それを見て南郷が慌てて声を掛けた。
「お、おいアカギ、お前飲めるのか」
「まぁね」
「いいじゃねぇか南郷さん。ほれ、乾杯だ」
そう言って、安岡はアカギのグラスに自分のグラスを当て、続いて南郷のにも当てる。
アカギはグラスの半分ほどを飲み下した。南郷は少し心配そうにアカギを見ている。
「おい、無理するなよ?」
そんな南郷を見て安岡は笑いながら、グラスの中のビールを空けた。
そしてウィスキーのグラスに持ち替える。
「一緒に暮らして情でも移ったかい、南郷さん」
「情とか関係ないでしょう。子供が酒飲んだらそりゃ心配になる」
「そんなもんかねぇ」
ウィスキーを煽る安岡を尻目に、アカギは南郷の方に顔を向けた。
「南郷さん、俺よりアンタだよ」
「は?」
「飲み過ぎないでよ」
安岡はその様子に笑い出した。
「ガキに言われてちゃざまねぇなぁ」
ハッハッと笑いながら手を伸ばして南郷の肩を強く叩いた。
荒くれ共を日々相手している現役刑事の腕力に思わず南郷は咳き込む。
「おっと、悪い悪い」
大丈夫かい、と少し腰を上げて南郷の背を撫でた。
「大丈夫です大丈夫です」
笑いながらそう返した南郷の、今度は頭を安岡はワシャワシャと撫でくり回す。
「アンタ良い体してるからな、ついウチの若い奴らと同じ扱いしちまったよ」
「ちょ、頭撫でんのは、止めて、くださいよ」
文句は言うが特に抵抗しない南郷を面白がって撫で続けていれば、その安岡の手をアカギが掴んで外させた。
「お」
「あまり気安く触んないでくれ」
「・・・」
そう言い放って、アカギは掴んでいた安岡の手首をポイッと放り投げた。
二人は思わず口を開けたまま固まる。
先に動いたのは安岡の方で、妙に笑いを堪えながら座り直した。
「あー、そ、そうだな、わ、悪かった」
南郷は困ったように眉尻を下げている。
「アカギぃ、変なこと言うなよ」
「変じゃないでしょ」
アカギは事も無げにそう返せば、ビールをまた一口。
安岡はクックッと笑いながらアカギのグラスに注ぎ足した。
「いやいや、俺が悪かったよ」
「安岡さん」
何故か引き下がる安岡に、南郷はやはり困ったような顔で名前を呼ぶ。
安岡はだが楽しそうにアカギと南郷を見比べていた。
「アカギ、お前、あれだな、けっこう独占欲強いんだな。いや、意外だ」
「我侭なだけですよ。けっこう子供っぽいんです、こいつ」
「俺をそう思ってるのは南郷さんだけだよ」
「はぁ?」
「いやだがなアカギ、俺も分かる気がするよ。南郷さんは、こう安心するというか、なぁ」
ニィッと人好きのしない笑みを浮かべる安岡を、アカギはその切れ長の目で睨んだ。
安岡はその一瞬の敵意にクツクツと笑みを零す。
「何言ってんですか安岡さん。アカギ、お前も何カリカリしてんだよ」
一人オロオロする南郷が、安岡は楽しくてたまらない。
アカギは視線を南郷に移せば、その様子に思わず溜息をついた。
「え?え?どうしたアカギ」
もしかして酒のせいで具合が悪いのかと、見当違いの心配を口にしながら南郷はアカギの背を撫でる。
「なんでもないよ。南郷さん、行こうか」
「なんだよ、もう行くのか。もう少し飲もうぜ」
安岡がグラスを軽く振って、氷の音を響かせた。
「話は終わったろ。もう用は無いはずだ」
「そうなんだけどな、いや、お前らが面白くてつい」
「その勘を本職に使いなよ安岡さん」
「気が向いたらな」
「あぁそう。じゃぁね」
南郷は二人の会話の意図があまり読めず首を傾げていたが、アカギがドアに向かい始めれば慌てて後を追う。
「お、おいアカギ!」
するとカウンターの方からママの声が響いた。
「あらもうお帰り?またいらっしゃってね南郷さん!いつでも待ってるわよ」
「は、はぁ、どうも」
足を止めて振り返っていた南郷は、再びドアの方に顔を戻した。
すると既に行ってしまったかと思われていたアカギはまだそこに居て、感情の読めない目でジッと南郷を見詰めている。
南郷はその視線にまた首を傾げるのだった。
そしてその後ろでは、様子を見ていた安岡が笑いを堪えている。
「アカギ?」
「何でもない」
アカギは店の扉を開けて出て行った。南郷もすぐに後を追い、店を出る。
ベルが鳴り響いて、残された安岡は盛大に笑い出した。
ママはお盆を持ってテーブルへやってくると、二人分のグラスを下げてテーブルを軽く拭く。
「笑い過ぎよ、安岡さん」
「だってよぉ、見たかいあれ」
「見ましたとも」
「なかなか面白いと思わんか」
「そうね。でもあの子、怒らすと怖いわよ、多分。女の勘」
「知ってるさ」
「そう」
金曜の勝負とは別でもう一つ、面白い種を見つけたと安岡は上機嫌で酒を煽ったのだった。
アオイヤミフカク