13


「安岡さんがいきなり変なこと言うから」
「冗談だよ、冗談」
「無いですよ、絶対」
「だから冗談だって」
「アイツ男に声掛けられたことあるけど殴ったって言ってましたし」

 今度は安岡が酒を噴いた。

「うわっ、うわっ!」
「わ、悪い!」

 また同じ行為を繰り返したが、さすがにママがやってきて、新しいおしぼりを数本置いていく。
 被害は少し広がったが、まだ深刻な程ではない。

「アンタが変なこと言うから」
「いや、俺は聞いたことを言っただけですよ」
「・・・そうかぁ、声掛けられたかぁ」
「分からなくもないですけどね」
「まぁ確かに」
「でもやっぱ、ただ子供なだけですよ。まだ興味なんて出ないんだ」
「あぁ」
「同じ布団で寝てますけど、多分朝勃ちだってしてないですよ」
「・・・え?」
「あぁでも、抱きついてきたりするな。甘え足りないんですかね」
「・・・え?」

 照れ臭そうに笑う南郷を、安岡は呆然と見詰める。

「安心するんでしょ。子供ですよね、ホント」
「・・・あー、えっと・・・」

 安岡は返答に窮しているようだった。
 だが南郷は特に気にせずビールをまた空ける。その空のグラスに安岡はビールを再び注いでやりつつ、チラリと南郷の顔を見た。
 確かに相手が普通の子供ならその考えは間違っていない。
 だがあのアカギだぞ。あれだけ子供らしくない奴が明らかに接触を求めているということは、ちょっとだけ疑ってみても良いはずだ。
 と喉まで上がるが、南郷の疑いない眼を見れば安岡は何も言えなくなった。
 何気に善人には弱い男である。仕事柄、悪人ばかりを相手にしているからだろう。

「あー、南郷さん」
「はい」
「気を付けてみるのも、手だと思うが」
「え?あぁ、そうですね。ヤクザを相手にするんだから何があってもおかしくない。その辺は心得てますよ」
「いや、そうじゃなくて」
「ん?」

 通じない押し問答が続くだけであった。
 アカギも安岡も、周りの意図を読めない南郷の性格にはこれからも苦労しそうである。


***************


 約束の時間を過ぎた頃、アカギは歓楽街の入り口付近に居た。
 思ったよりも早く着いたが、想像より店が多い。
 活気溢れる街だ。
 これは指定の店を見つけるのに時間がかかりそうだと感じつつ、とりあえず足を踏み入れる。
 まだ時間も時間なので、酔っ払いより店を選んでいる素面の人間の方が多い。ちょうど営業に力が入る時間帯だ。
 黒ベストに蝶ネクタイのボーイたちや、ハッピを着た呼び込み、布部分の少ない服を着た女ども、それらが店先で声を出したり肌を見せたりして客を引き入れている。
 もう見慣れた光景だ。
 その中に居た頭の悪そうな一人の女がこの場に見合わない背格好のアカギを見つけると、楽しい玩具を見つけたような顔をして寄ってくる。
 これも、見慣れた光景。

「僕ぅ〜、何してるのぉ?」
「別に」
「そんな格好でこんなとこ歩いてると、おまわりさんに捕まっちゃうわよぉ」
「平気さ。そのおまわりさんに呼ばれてるんだ」
「あらぁ、君、何しでかしたの?それともこれからしでかすのかなぁ?」
「関係ない」
「そんな怖いことより、お姉さんと遊ばない?気持ち良いこと教えてあげる」
「・・・」
「君ならタダで良いわよぉ。可愛いもの」

 どうしてこういう街の女たちは、客ではないものをたまに食いたくなるのだろう。
 アカギは理解できないが、理解しようとも思わない。

「待ち合わせしてるんで」
「いいじゃないのぉ、ちょっとだけ、ね?」

 甘ったるい香りを撒き散らして、化粧くさい顔を近付けてくる。
 柔らか過ぎる腕がアカギの肩と腰に回り、軽くイラついた。

「邪魔だ」
「え?」
「邪魔だって言ってんだ」
「はぁ?何よアンタ、子供のくせに」
「その子供に何させようとしてんだよババァ」
「バッ・・!」
「じゃぁな」

 声は冷静であった。
 言葉の内容はともかく、語尾も静かで、表情も無く。
 だがそれが逆に女の癪に障ったようで、背後からキーキーと甲高い声で罵声を投げているのが分かったが、アカギは特に気にもせず進んだ。
 いつもならここまで言いはしないのだが、今夜に限って何故かイラついた。
 これから、自分が求めて止まない狂気の入り口へ向かおうとしているのに、それを邪魔されたからだろうか。
 女には潤せない渇きを癒すための場。そこへ行くための道案内人に会うのだ。それを止められかけて怒りが湧いたのかもしれない。
 アカギは辺りの看板に目を凝らしながら歩くが、指定の店の名前はまだ無い。
 ふと、イラつきに至った理由がもう一つ浮かぶ。
 南郷だ。
 あの女の匂いと、弛んだ腕に触れられて、何故か逆に南郷を思い出した。
 正反対のあの人の感触。
 それにまた無性に触れたくなったのだ。だから止められてイラついたのだろう。
 アカギはこれまでにあまりない自分の中の感情の揺れに、新鮮味を感じていた。
 雀牌を前にすればまた違う興奮が彼を襲うのだろうが、今はもう一つ。
 原因が分かれば、店を探す足が少し速度を上げた。
 随分と奥まで来たところで再び声を掛けられる。

「あら君、中学生?ヤダ可愛い」
「・・・」
「制服なんかでこんなとこ来ちゃ駄目よぉ?」
「探してる店があるんだ」
「この辺のお店?未成年が入るにはどこも相応しくないわねぇ」
「呼ばれてるんだから仕方ないでしょ」
「へぇ、変な子。そんな呼び出し放っておけば?危なそう」
「それは出来ないな。南郷さん待ってるし」
「誰それ。貴方の素敵な人?」

 女はクスクスと笑いながら自分の髪に指を絡めて弄る。

「少なくともアンタよりは素敵だね」
「あら妬けるわねぇ」
「今、何時」
「知らない」
「・・・」
「時間なんか気にしないで遊びましょうよぉ。こんな子供を手玉に取っちゃうその素敵な人より、気持ち良くしてあげるわよぉ?」
「どうでも良いよ。今何時」
「君、綺麗な顔してるわねぇ」

 アカギは面倒臭さに溜息をついた。
 それから視線を女に戻し、唇の端を軽く持ち上げてニッと意地の悪そうな笑みを浮かべた。
 女は眉を上げる。

「ねぇお姉さん」
「な、何?」
「俺さ、急いでるんだ」
「そ、そう」
「時間、教えてくれない?」
「遊んでくれたら教えてあげるわよぉ」

 軽く動揺した気持ちを立て直すように女は髪を払った。
 アカギは不意に、女の唇を軽く吸う。

「っ!」

 女は驚きに目を瞬いたが、間近な距離でアカギの切れ長の目に捕らえられ、次の瞬間にはホォッと甘い溜息を零していた。

「時間」
「今はねぇ、えっとぉ」

 服の袖に入れていた男物らしき腕時計を取り出し、時間を見る。
 外で客を引くなら時間が分かるようにしているはずである。
 女はアカギに時間を教えた。
 約束の時間から二十分過ぎていた。

「じゃぁさ『れいみ』ってスナック知ってる?」
「あぁ、あのお店ねぇ。すぐ近くよ」

 蕩けたような目をしながら女はアカギに店の場所を伝える。

「そう、ありがと」

 アカギはいつもの感慨無き顔に戻れば、何事も無かったかのように歩いていった。
 女は暫くその背を目で追い、溜息をまた一つ。
 こんな所でまた小さな伝説を残した男、アカギ。
 アカギ独特のあの性格の悪そうな笑みは、一部の、特にこういった水商売の女にはやたらと受けるようで、本人はそれを自覚しているのだ。
 何故かは知らないが、ちょっと笑ってやればすぐに言うことを聞く。
 アカギは理由が分からないし、つまらないことだったので、特に興味は無かった。
 女に言われた通りに行った所に確かに店はあった。
 扉を開ければすぐに二人を見つけ、歩み寄る。安岡もアカギに気付いて軽く手を振った。
 アカギが南郷の隣に腰を降ろせば、問題の件について話が始まる。

ミニクイノハダレ

<< back next >>

戻る





人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -