12


 南郷が店に着いたのは、約束の時間ちょうどであった。
 ギリギリまでアカギを待っていたので、この時間になってしまった。
 元々遅れると言っていたのだから待たずにサッサと来れば良かったのだが、つい、南郷は待ってしまったのだ。善人の性であろうか。
 それと、歓楽街に着いてから迷ってしまい人に聞きながら来たせいもある。
 「サントリーバーれいみ」と象られた輝くネオンを見つければ、すぐに駆け寄って扉を開けた。
 カランカランと聞き慣れたベルの音が響く。どこの店でも似たようなものを扉に付けているものだ。
 中に入ればすぐ見える場所に安岡が居て、南郷に気付けば軽く手を挙げて見せた。
 カウンターから出ようとしていた店主らしき女が、それを見て中に戻る。

「すいません、お待たせしました」
「いや、時間ちょうどさ」

 いつから来ていたのか安岡は既に一杯やっているようだった。
 南郷が向かい側のソファーに腰を降ろせば、女がやってきて「いらっしゃい」と華麗な夜の女の笑顔を浮かべる。

「初めてのお客さんよね」
「えぇ」
「安岡さんのお知り合いね。こんな悪い刑事さんと、どんな仲なのかしら」
「おいおい、ママ」

 女は笑いながら名刺を南郷に差し出す。これを取るためにカウンターに一度戻ったのだろう。
 南郷はそれを受け取り目を通した。少し派手なデザインで、店の名前と住所や電話番号、そしてこの女の名前『れいみ』と書いてあった。

「安岡さん抜きでもいらっしゃってね」
「は、はぁ」
「お客さん、私の好みだわ。一杯サービスするわよ」
「え」
「一人で来てくれればね」

 漂う酒と煙草の匂いにも負けないほどの香水の香りを撒き散らしながら、南郷の隣に座ってその腕に抱きつく。

「あ、あの」
「どうぞご贔屓に」

 無駄に色気を放出してくる女に南郷は戸惑った。
 こういった店にはそれなりに行っていた方だが、仲間と飲む酒の方がどちらかと言えば目当てで、女性に迫られても大概は一緒に飲みに来た仲間に持っていかれる。
 それはそれで南郷は構わなかったのだが。

「ママ、ビールを頼むよ」
「あら自分で取ってくれば?」
「おい、勘弁してくれよ。俺は南郷さんと大事な話があるんだ」
「南郷さんって言うの。よろしくね」
「はぁ」
「ママ、ビール」
「はいはい」

 ようやく女は席を立ち、一度カウンターに戻れば口を開けたビール瓶とそれ用のグラスを二つ手に戻ってきた。

「お注ぎしましょうか?」
「いやいや、構わんよ」
「安岡さんじゃないわよ。南郷さんによ」
「ママ冷たくないか?」
「そうかしら」
「あの、お構いなく」
「だそうだ。ほら、散った散った」

 安岡がそう言って手を振り、南郷が軽く頭を下げる。
 女は少し残念そうに去っていった。
 新顔は捕まえておくに越したことはない。それが成せずに心残りだったのだろう。
 南郷のグラスには安岡がビールを注いだ。

「すまんな」
「いえ」
「でも良い女だろ」
「えぇまぁ」
「それに愛嬌もある。面白い奴さ」
「みたいですね」

 安岡はこの店に随分と馴染みがあるようだった。
 店主のことも気に入っている様子で、いわゆる行き着けの店というやつなのだろう。
 女好きそうな男ではあるが、そんな輩にはあのくらいの女性が調度良いのかもしれない。

「あぁ、ビールで良かったかい」
「えぇ、まずは」
「だよなぁ。一杯目はビールだよなぁ」

 安岡はハッハッと楽しそうに笑った。
 隣に並ぶウィスキーボトルを見れば、今夜は飲むつもりなのが分かる。

「さ、飲んでくれ。今夜は俺の奢りだ」
「いただきます」

 南郷はグイッとグラスを煽り、一杯を一気に飲み干した。

「いいねぇ、南郷さん。良い飲みっぷりだ」
「どうも」

 二杯目のビールを注ぎ、安岡は瓶を置いた。
 それから、つまみのピーナッツを一つ口に放り込みながら自分のウィスキーグラスを手に持った。ビールを注ぎ返そうと思っていた南郷は、それを見て手を引っ込める。

「アカギはどうした」
「少し遅れるそうです」
「そうかい」
「でもすぐだと言ってました」
「にしても、ホントにアカギを連れ込むとはねぇ」
「連れ込むって」
「上手いことやったじゃないか」
「何がですか」
「あれが居ればギャンブルで稼げる」
「そんなのはどうでもいいですよ」
「へ?」
「アイツは子供ですよ?なのに、帰るとこが無いなんて言うから」
「だから家に入れたってか」
「えぇ」
「本当にそれだけかい」
「そうですけど」
「アンタ、やっぱり見た目通りだねぇ」
「それアカギにも言われたな」
「苦労背負っちまうタイプだ」
「はぁ?」
「まぁ構わんけどな」

 安岡はウィスキーをチビリと喉に流した。

「それで、話は」
「何、アカギが来てからでいいじゃないか。夜はこれからだ」
「はぁ」

 南郷は溜息を付く。
 そもそも、この店もこの場所も中学生を呼ぶような所ではない。
 電話の時点で分かってはいたが、もう少し地味な飲み屋かとばかり思っていた。
 それが、完全にその手の歓楽街で、風俗店だってゴロゴロある。
 こんな所を中学生がウロついていたら明らかに警察に声を掛けられるだろうが、その警察の人間がここに居るのだ。
 どうしようもないというか、無茶苦茶だ。

「どうした南郷さん」
「いえ」
「にしてもアレは、どうなんだい」
「え?」
「アカギさ。一緒に暮らしてんだろ?」
「暮らすって、まだ二、三日ですよ」
「家でどんな様子」
「普通、ですけど」
「普通ねぇ。あんだけの大勝負をかまして、三百万ふんだくって、普通ねぇ」
「まぁ、十三ですからね、実際は」
「そうなんだよなぁ、信じられん」
「えぇ」
「ギャンブルどころか女だって知ってるかどうか」
「・・・」
「どうした」
「いや、その手の雑誌を見ても興味ないとか言ってたこと思い出して」
「興味ないこたないだろ」
「ですよね」
「男子中学生なんてまだ猿だからなぁ。裸のマネキンにだっておっ勃つ年頃だぞ」
「・・・」
「まぁアイツは尋常じゃねぇからな」
「はぁ」
「計り知れんな、俺ら凡人には」
「まぁ確かに。よく分からないですね」
「あ、まさか男のが好きだったりしてな」

 安岡の言葉に南郷は飲みかけていたビールを思い切り噴いた。

「うわっ、おおいっ!」
「す、すいません!」

 慌てておしぼりで辺りを拭く。
 幸いにも被害はそこまで大きくなかった。

アクマニツイテ

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