11


「おかえり」
「あぁ」
「辞典あった?」

 扉に鍵を掛けてから靴を脱ぎ、アカギの方に歩み寄れば辞典を差し出した。

「ほら。漢字のじゃないが、これでも何とかなるだろ」
「あぁ」

 国語辞典を受け取れば、アカギをそれを捲り始めた。
 南郷は台所に戻り、もう終わりかけだった調理を再開する。
 すぐに出来上がった料理を皿に盛った。

「出来たぞ」

 部屋には良い匂いが漂っている。
 ちょうど腹も減ってきていたアカギは、辞典とノートを放り出して皿を運ぶのを手伝った。
 二人分の皿がちゃぶ台に並べば、南郷は手を合わせる。真似をしてアカギも手を合わせた。

「いただきます」
「いただきます」

 やはりアカギは南郷の真似をするように言う。
 アカギの箸が探るように煮物を突付いた。それから一つ具を摘み、パクリと食べる。

「どうだ?」
「・・・うん、悪くない」
「美味いって言えよ、そこは」
「美味い」

 取って付けたようではあったが、南郷は満足だった。
 実際、南郷の料理はなかなかであった。アカギはそれなりに味に満足していたが、南郷には伝わりきっていないようだ。
 箸を進めながら、南郷は先ほどの話をアカギに伝える。

「さっきの電話な、安岡さんからだった」
「あぁ、あのとっぽい刑事か」
「話が纏まったらしい」
「そう」
「明日、安岡さんと会って詳しい話を聞く」
「分かった」

 場所と時間を伝えれば、アカギは少し思案するように視線を巡らせた。

「俺、少し遅れるよ」
「何かあるのか?」
「ちょっと呼び出しがね」
「まさか喧嘩か。行くなよそんなの」
「喧嘩じゃないよ、まだね」
「まだ?」
「大丈夫だよ。すぐ行くから」
「だけどなアカギ」
「俺にだって都合ってもんがあるのさ、南郷さん」
「それは、そうかもしれんが」

 もし喧嘩なら止めたいところだが、南郷が何を言ってもアカギは平気だからと忠告を全て流してしまう。結局、南郷の方が根負けした。
 それから夕飯を全て平らげれば、南郷は片付けをし始める。
 アカギは残りの宿題を済ませた。
 それからまた、昨晩のようにラジオを聞いたり、ゴロゴロしたり。お茶を飲んだり、ビールを飲んだり。いや、ビールは南郷だけだが。
 夜も更けて、アカギが欠伸を零したのをキッカケに、そろそろ寝るかという流れになった。
 二人とも肌着だけになって布団に入り、自然と身を寄せ合い、目を閉じた。
 今夜はアカギの方から南郷の背に腕を回してきて、南郷は意外に思ったが、したいようにさせた。
 次の朝、南郷はアカギに起こされた。
 軽く肩を揺すられ南郷がボンヤリと目を開けると、既にアカギは制服を着ていて、鞄を持っていた。

「南郷さん、学校、行ってくる」

 まだ回らない頭で南郷は暫くアカギを見詰め、それからようやく口を開く。

「あぁ、いってらっしゃい」
「・・・」
「アカギ?」
「いってきます」

 何気ない遣り取りだったが、アカギには酷く、違和感があった。
 違和感ではあるが、不快ではない。
 慣れていないだけである。
 アカギが出て行って少ししてから、南郷も布団を出た。今度は二度寝はしなかったようだ。
 顔を洗ってから、なるほど、とアカギの行動を理解した。
 昨日は何も言わず出て行ったから心配をかけたことを知り、今度はちゃんと言っていったのだろう。子供ながら考えているようだ。
 だが野良は野良。
 安岡の言葉に影響されているわけではないが、いつか何も言わず居なくなるような予感はしていて、それを思うと何故か気が重くなった。最初のときは感じなかったことである。
 何故今はそう思うのか、南郷はただ愛着が湧いているだけだと結論付けた。
 それから、昨晩の残り物を食べて、外に出る。
 新聞を買い、それと、適当にアカギの服を買った。といっても安物の下着とTシャツぐらいだが。
 南郷の部屋には彼のサイズの合うものはなく、本人の着ている制服しかない。もう一枚くらい何かあったほうが良いだろうと思ったのだ。
 家に戻って新聞を読み、求人欄をまた見る。見合ったものに赤ペンで丸をつけていった。その後、暇を潰すためにどこか出掛けようかと思ったが、またアカギが学校をサボって戻ってくるかもしれないと思うと、出掛けられなかった。
 鍵は持っているのだから待っている必要はなかったが、なんとなく、そのままで居る。
 昨日アカギに渡した麻雀の本が転がっていたのが目に入ったので、それを読んだりして時間を潰し、夕方まで待った。
 結局、一人で家を出ることになるのだが。

***************


 珍しく宿題を提出したアカギは教師に驚きの目で見られたが特に反応はせず、いつもと変わらぬ授業を過ごした。
 だがやはり内容は退屈で、アカギは黒板を見ることなく、視線を窓の外に向ける。
 それから自然と南郷のことを考えた。
 不思議な大人。
 時折、可愛いと思えてしまっている自分に驚く。
 男だとか一回り以上も年上だとか、そんなことはどうでもよくて、他人のことを可愛いと感じることがアカギには初めてなのだ。
 猫に思うことはあったが。
 だがその、猫に思うものとも少し違う。
 人に対して無性に触れたくなったのも初めてだ。
 やはり猫に思ったことはあるが、それもまた少し違う。
 素直に性的なものを感じていた。
 昨晩は分からなかったことが、今なら分かる。
 自分はあの人に性的な欲望を少なからず抱いていると。
 それに気づけば、あとは簡単だった。
 歓楽街に出入りしていれば自然とそういった知識は身につく。
 どうしたらいいか、それをアカギは知っている。けれど何故か実行に移すことに戸惑いを感じていた。
 相手は男なのだから当然かと思うが、それは理由にならない。
 アカギは性別に関して偏見は無い上に、そういった世界が極自然に世の中にあることを知っている。
 授業は着々と進んでいるが、アカギの中の疑問は晴れない。
 そのまま静かに黙々と思考を巡らせに巡らせ、本日最後の時限でようやく結論に至った。

「・・・あぁ、そういうことか」

 思わず一人、ボソリと呟いた。
 隣の席には聞こえたか、アカギの珍しい独り言に(それどころか一日学校に居る事する珍しい)、思わず視線が向けられた。けれど本人は特に気にせず、合点のいったことに満足しているようだった。
 こんなに考え込んだことも、誰かのことをずっと思い浮かべていたことも、初めてだった。
 つまり、出したアカギの答えは、南郷が「好き」なのだということ。
 これもまた、初めてだった。
 何人かの女から聞いたことはあったが、なるほど、こういうことかと、一人納得する。
 少しスッキリした。
 それから放課後、とあるチンピラに呼び出された先へ向かう。夜に行かなければいけない安岡の指定した店とは随分離れた所であった。
 そこに居たのは伝達役の男一人で、三日後の金曜に港に来いとだけ伝えてすぐに去る。
 アカギを怖がっているようだった。
 恐らくは高校生で、先日チキンランをしかけてきた不良達の仲間だ。「まだ」喧嘩ではない、という理由がこれだった。恐らくはその金曜に喧嘩になるだろう。
 言ったら南郷がオロオロするか怒るかだと思ったので、言わないでおくことに決める。
 町の中に立っている時計台で時間を確認したが、やはり今から向かっても約束の時間を30分程過ぎるであろうことが予測できた。
 そしてアカギは「れいみ」へ向かう。

シルホドニソレハマス

<< back next >>

戻る





「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -