09


「そんなに落ち込まないでよ」
「・・・」
「アンタの打ち方、嫌いじゃないよ俺」
「どこがだよ」

 散々な結果だった上に、恐らくはほとんど全部アカギの予想通りに事は進んでいただろう。

「下手な嘘も欺瞞もない、真っ直ぐな感じ」
「麻雀じゃただの馬鹿だろそれ」
「そうかな。アンタそのもので良いじゃない」
「・・・」

 褒められているのか貶されているのかよく分からない言い方だと南郷は思った。
 落ちていた視線をアカギに向ければ、本人は機嫌良さそうに鍵を掌で遊ばせている。

「お前、そんなの貰って嬉しいのか」
「嬉しいね」

 あの夜に三百万を勝ち取ったときにさえ見せなかった表情だ。
 南郷はやはり、アカギがよく分からなかった。

「まぁ、いいけどな」
「鍵付け替えたりしないでよ」
「するかそんな意味無いこと」

 鍵を他人に取られたにも関わらず鍵の付け替えが意味の無いことだとのたまう南郷に、アカギはやはりただ、肩を揺らして笑うのだった。
 気付けば外は朱色に染まっていて、もう夕方なのだとようやく気付く。
 南郷は溜息を一つ、牌を一度掻き混ぜれば立ち上がって、空のコップを二つ手に台所へ向かった。

「アカギ、布団入れてくれ」
「あぁ」

 アカギは遊んでいた鍵をポケットに入れれば素直に頷いて立ち上がり、開けっ放しの窓から外に出て、干しておいた布団を部屋へと入れた。
 その間に南郷は冷蔵庫を開けて、昼間にアカギに買いに行かせた食材を確認する。

「おい、夕飯何が良い」
「何でもいいよ」
「またそれか。まぁ俺が作れるもんなんて限られてるけどな」
「え、南郷さんが作るの」
「何のためにお前に買い物行かせたと思ってんだよ」
「それもそうだ」

 アカギは肩を竦めて、窓を閉めた。
 布団は畳むのも面倒だったので、今朝と同じようにまた敷いたままにしておく。

「どうするかな・・・」
「南郷さん、料理できるんだね」
「一人暮らし長いからな。悪いか」
「悪くないさ」
「適当に煮物でも作るかな」
「アンタが作るなら何でもいいよ」

 やはり同じことを言うアカギだが、意味は少し違う。
 そのことに南郷はもちろん気付かない。単純に、煮物なら明日の夜ぐらいまでは保つだろうとぐらいしか考えてなかった。
 夕飯作りに掛かり始めた南郷の背を見ながらアカギは暫くゴロゴロしていたが、退屈になったか先ほどまで読んでいた麻雀の本をまた手に取る。
 パラパラと中身を読み返すが、すぐに下に置いた。

「おいアカギ、麻雀牌片付けておけよ」

 言われてから気付いたアカギは特に返事はせず静かに牌を片付け始める。箱に全てしまえばケースに戻し、丸めたマットと一緒に押入れに適当に入れた。
 それから部屋の中を見回し、ふと端に纏められている雑誌に目が止まる。
 歩み寄って一番上のを手に取った。漫画と小説が一緒くたになって載っている娯楽雑誌で、中身を覗くが、つまらなかったのか無言でそこらに置いた。
 今度は一番下の雑誌を手に取ってみる。すると表紙には下着姿の女性が悩ましげなポーズで描かれていて、一目で成人向け雑誌だと分かった。
 また軽く中を覗くが、やはりつまらなさそうに表情は動かない。
 キッチンからは包丁や水の音が聞こえてくる。

「あ、そうだ。お前食えないもんとか・・・」

 言いながら南郷は振り返ったが、アカギが手にしているものに気付けば言葉を止め、慌てて駆け寄った。

「お、お前っ、何見てんだ!」
「・・・本」
「子供がんなもん見るな!」
「南郷さんも見たんでしょ?」
「お、おお、俺はっ、お、大人だから良いんだ!」
「へぇ」

 否定しない、というより出来ないほどに慌てているその様子がアカギには面白かったようだ。クックッと笑い出す。

「何が可笑しい!」
「とりあえず、包丁置いたら?危ないじゃない」

 言われてから包丁を握ったままだったことに気付き、南郷はまた慌てて台所へ戻り包丁を置き、やはりまた慌ててアカギの方へ戻ってくる。
 その言動の全てがどうやらアカギのツボにでも入ったか、声を立てて笑い始めた。

「お、おいアカギ」

 本は放り投げて転がり、腹を押さえて笑っている。
 南郷は徐々に羞恥が沸き起こってきて、押し黙ってしまった。
 ようやく笑いが収まったアカギは、満足そうに身体を起こす。

「どうしたの」
「お前こそ、笑い過ぎだ」
「だって面白いんだもの、南郷さん」
「ったく」
「もう見ないよ。別に興味ないし」

 その年でこういったものに興味が無いのもどうなのだろう、と南郷は思ったが、ここで変なこと覚えられるよりはマシかと、何も言わず台所へ戻った。
 作業を再開した南郷の背中をアカギはジッと見詰めていたが、ゆっくりと立ち上がると台所へ向かい、南郷の横からヒョイっと手元を覗いた。

「うおっ、こら、危ないだろ」
「結局何作ってるの」
「鶏肉と大根と白菜の煮物だよ」

 肉はともかく、他は随分と水っぽい並びの食材だが、簡単で味が染み込みやすい。よって調理時間が極端に短く済むのだ。

「ふぅん」

 コンロの上には鍋が二つ並んでいる。
 片方は今言われた料理で、もう片方は米だということはさすがにアカギにも分かった。

「手伝う気が無いならあっち行ってろ」
「何か手伝おうか」
「取って付けたように言うなよ」

 結局台所から追い出され、アカギはちゃぶ台の所に戻った。そしてまた、忙しなく動く大きい背中を見詰める。
 正直に言ってしまえば、あの背に無性に触れたいのだ。
 だから近付いたのだが体よく追い返されてしまった。
 だが邪魔をすれば怒られそうだったので仕方がない。見詰めるだけに留める。
 だが見詰めるほどにやはり触れたくなる。逆効果だ。
 アカギに取っては、先ほどの雑誌を飾っていた露出の多い女性の絵などより、この目の前の料理をしている男の背中の方が、何故だかソソッた。
 性的意味で並べるべきではない比較対照だが、アカギにはそう思える。
 欲情というほど完全な形のものではないが、アカギは確かに、今、南郷に触れたいと思っていた。
 さっき麻雀の賭け品を考えていたときと、今と、それ以外で男に対してこんなことを思ったことは露ほども無い。
 それどころか女性にだってほとんど無いのだ。
 まだ十三という年齢を考えれば性的なことに自覚が芽生えずとも不思議ではないが、それを差し引いてもアカギはあまりそういったことに興味が無かった。
 そう、無かったのだ。
 今は過去形で言える。
 ちなみに、性的な事に興味が無かっただけで何も事は無かったかと言えばそうではないのだが。

「アカギ」
「ん?」
「お前、宿題とかはいいのか」
「・・・」

 南郷は視線を鍋に向けたまま聞いたので、アカギが眉を寄せたことには気付いていない。

アマクモアオイ

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