05


 ちょうど洗濯機が運転を止めた。

「お。終わった」

 南郷は脱水し終えた洗濯物をしまうと、来るときとは逆に水分を含んで重くなったその方を持ち、風呂の道具はアカギに持たせた。
 そして二人一緒にコインランドリーを出て、歩き出す。

「お前やっぱ、俺の服はおかしいよ」
「しつこいね南郷さん」

 思ったよりも頑固な南郷に、アカギはまた笑った。

「お前、けっこう笑うんだな」
「アンタがおかしいからだよ」
「失礼な」

 帰る途中でソーダのアイスキャンディーを一本買い、アカギはそれを食べながらまた歩く。
 一口だけ南郷にもあげた。
 それから、途中通った雑貨屋でアカギの分の歯ブラシを一つ買い、アパートの近くにある惣菜屋でコロッケをいくつか買う。
 部屋に戻る頃には空は薄青くなっていて、明日は晴天だと言わんばかりに星がチラホラと見え始めていた。
 玄関を開けて中に入れば、南郷が電気を付けて、アカギは食べ終えたアイスの棒を屑篭へ捨てた。

「南郷さん、ごみ溢れてる」
「あ、そうだった」

 それだけ言って、だが南郷は特に何もしない。アカギもそれ以上何も言わなかった。
 すると、彼らの帰宅を狙ったかのように窓を引っ掻く来訪者が再びやってきたようで、音に気付いた南郷が、あぁ、と思い出したように鍵を外して窓を開ける。
 するとやはりそこに居たのは野良猫で、相手が南郷だと分かればアカギのときとは違い擦り寄ってきた。
 アカギも窓に寄って、南郷の巨体の後ろから覗いたが、どうやら昼間の猫とは違うようであった。

「よしよし、今何かやるからな」

 南郷は柔らかい笑みを浮かべて猫の頭を撫でている。
 猫は完全に信頼しきっているのか、頭を摺り寄せ、それからゴロリと転がって腹を見せた。
 アカギはそれを見詰めていたが、南郷が立ち上がれば、視線を戻してちゃぶ台の方に戻り座り直した。
 台所に向かった南郷は、手に酒のつまみらしき魚の干物を持って戻ってくる。

「あれ?アカギ、猫嫌いなのか」
「いや」
「可愛いぞ。遊んでやれよ」
「逃げるから」
「は?」
「昼間も来てたんだ」
「猫が?」
「あぁ。そいつとは違う奴だったけど、俺が起きたとき窓引っ掻いてて、開けたら逃げた」

 南郷は笑いながら窓の方に向かい腰を降ろす。
 猫は嬉しそうに鳴き声を上げ、部屋に上がりこんで南郷の膝に乗った。

「いきなりいつもと違う顔が出てきて驚いたんだろ」
「だから」
「え?」
「逃げるから、遊ばない」
「もう大丈夫だよ。俺も居るし、ほら、こっち来いって」
「・・・」
「よーし、良い子だなー」

 膝の上でゴロゴロと喉を鳴らしている猫に、南郷は干物を小さめに裂いて与えている。
 アカギはそれをチラリと見ては視線を反らし、またチラリと見る。

「・・・アカギ、大丈夫だって、来いよ」

 ようやくアカギも、そろそろと窓の方へ寄って行った。
 まるでこいつも猫のようだと南郷は思ったが、言わないでおく。
 裂いた干物を一切れアカギに渡すと、アカギはそれをジッと見詰めてから、自分でパクリと食べてしまった。

「おまっ、何やってんだよ」
「何?」
「お前にやったんじゃないっての」
「・・・あぁ、そっか」

 猫にやれという意図だったことを理解したアカギは、だが既に干物をしっかりと味わってしまっていて、ゴクリと飲み込んだ。
 南郷は、まったく、と言いながらもう一切れアカギに渡す。
 アカギはそれを、ソッと南郷の膝に乗っている猫に近づけた。すると猫は、匂いに釣られるようにしてそれに顔を寄せていき、パクリと端を齧る。
 そのまま南郷の膝から降りて、アカギの方に近付いていった。
 アカギはどこか戸惑いがちに、近寄ってきた猫の口元に干物を下げて、上手く食べれるように誘導した。
 何度も齧っては口から抜けていく干物を猫は追い、やがて捕らえればゴロリと転がって、蹴ったり舐めたりしながら、存分に牙を振るっていた。
 転がるたびに、アカギの膝に当たったり離れたりしている。
 そんな猫を見ながらアカギは、手を伸ばして柔らかい頭を静かに撫でた。
 そして南郷は、そんなアカギを見てつい微笑む。

「可愛いだろ」
「・・・あぁ」
「お前のこと警戒してないみたいだな」
「南郷さんの猫?」
「いや、野良だ」
「じゃぁなんで餌あげてるの?」

 アカギの視線が猫から南郷に移った。

「たまたまウチの窓んとこに来て、目が合ってさ、腹減ったーって顔で見てきて、何かくれーって感じで鳴くから、酒のつまみやったら、たまに来るようになった」
「昼間のは」
「どんなのだ」
「黒っぽいやつ。ぶちは無かった。すぐ逃げたからよく分からないけど」
「それも同じだ」
「あれも野良?」
「あぁ」
「たまたま餌もらいにくる野良がどれだけ居るんだよ」
「四、五匹ぐらいか」
「飼い猫じゃない」
「違うさ。俺が居ないときもあるし。そういうときは帰るだろうし」
「ふぅん」
「人懐っこいだろ」
「南郷さんだからだよ」
「何だそれ。猫好きする顔か?俺」
「顔っていうか・・・」
「ん?」

 ジッと南郷の顔を見詰めたが、アカギは特に先は言わず、視線をまた猫に戻した。
 表情からは読めないので、南郷は結局なんで猫が自分に懐くのか分からないままだ。

「名前とか付けないの」
「付けないよ。飼ってないんだ」
「そう」
「野良は野良さ」

 自分で言って、南郷は安岡の言葉を思い出した。
 あの刑事はアカギのことも野良だと言っていた。だから放っておけないのかもしれない。
 アカギは「ふぅん」とだけ、特に名前を付けたいというわけでもないようで、そのまま猫の頭や喉を撫でている。

「よいしょっと」

 南郷は立ち上がって、棚に置いてあるラジオを取るとスイッチを入れた。
 お決まりの局でチャンネルは固定されていて、それをちゃぶ台に置くと台所へ向かう。
 スピーカーから流れてきたのは少し流行りからずれた歌謡曲だった。
 アカギは一度視線をラジオに向けて、それからまた猫に戻す。
 猫は、この部屋でラジオの音を聞くのは慣れているのかさほど驚いてもいないようだった。
 冷蔵庫を開けて缶ビールを取り出した南郷は、その場で蓋を開けてグイッと煽る。ゴクゴク、と良い音を響かせながら大きく喉仏を上下させた。

「っっはぁぁ!」

 オヤジくさい声を出して(実際オヤジなのだが)、中身が半分ほどになった缶を手に持ったままちゃぶ台の方に戻れば、薄くなった座布団に腰を降ろした。
 歌謡曲に合わせて肩を揺らしながら、ガサガサとちゃぶ台の上の紙袋を開けてコロッケを摘み一口食べる。

「んー、やっぱ美味いなぁ。あそこのコロッケ」
「夕飯じゃなくてつまみなんじゃない、それ」
「同じだろ。晩酌だ」
「まぁいいけど」
「あ、いかんいかん。忘れるとこだった」

 食べかけのコロッケを紙の上に置いて、南郷は洗濯物の入った袋を手繰る寄せる。

「干すの忘れると酷いことになったりするからなぁ」
「へぇ」

 それを手に窓の方へ歩み寄れば、猫とアカギを避けて、袋から洗濯物を一つずつ取り出してハンガーに掛け、物干し竿に引っ掛けていく。
 シャツを強くパンと払ったら、猫がさすがに驚いた。
 それを見てアカギは可笑しそうに口元を歪める。
 何枚目かにズルリと引きずり出されたのが問題のアカギの制服ズボンだと分かれば、南郷は「あ」と声を挙げて、少し掲げて見てみる。

「何とも言えんな・・・大丈夫なような、そうじゃないような」
「大丈夫に見えるけど」
「そうか?まぁとりあえず干してみるか」

 全て干し終えると南郷はまたちゃぶ台に戻り、晩酌を再開した。
 聞き始めてから三曲目の歌謡曲になった頃、アカギの膝で舌なめずりしていた猫が不意に起き上がり、ゆっくりとした足取りで窓から出て行った。
 アカギも南郷も特に止めもせず、それを見守る。

「・・・行っちゃった」
「また来るさ」

 それまで居ればいいと、意識せずそう言われた気がして、アカギは小さく頷く。
 窓を閉めてアカギもちゃぶ台の方に座った。

「お前もコロッケ食うか?」
「いらない」
「美味いのに」
「ビールは?」
「これはダメだ。大人になってから」
「・・・」

 今更止められてもとアカギは思ったが、何も言わずに従った。
 それからボンヤリと、二人はラジオを聞きながら過ごした。
 時折チャンネルを変えたが、野球中継は終わっていたし、ニュースはアカギが聞きたがらなかったので、結局同じチャンネルに戻る。
 相変わらず流行りからずれた曲と、盛り上がらないMCの声。
 だが、悪くない空気だった。
 静かで、暖かい、落ち着く雰囲気。
 南郷が二缶目のビールを飲み干した頃にはアカギはちゃぶ台に肘をついてウトウトとしていた。

「おい、寝るなら布団で寝ろよ」

 随分寝たはずだが、それでも夜には眠気が襲う。南郷は、子供だなぁと微笑ましい気分であったが、実際は昨晩の疲れが取れていないだけだ。
 徹夜で麻雀の前にチキンランで海に落ちているのだ。夜の海を泳ぐのは随分と体力を浪費したはずである。
 その疲れが残っている状態で、食事も風呂も、そして安心できる空間も与えられている。
 眠くならないわけがない。
 アカギは身体を起こして目を擦る。

「布団、出さないの?」
「あ、そうか。また同じので寝る気だった」
「南郷さんが良いなら俺は構わないけど」
「むしろお前だろ」
「え?」
「お前が良いなら俺だって良いさ。もう一つ出すの実際面倒だしな」

 ちゃぶ台を上げたり下げたりしなくてはならない。

「じゃぁ良い」
「そうか」
「あぁ」

 それからアカギはおもむろに、穿いていたスラックスを脱ぎ始める。

「な、何脱いでんだお前」
「この捲ってるとこ邪魔なんだ。どうせ寝るんだし脱ごうかなって」
「裸で寝るなよ。風邪ひく」
「下だけさ。上は脱がないよ」

 と言って結局シャツ一枚になったが、よく考えれば今アカギは下着も着けていないのだ。
 サイズが大きいシャツなので、アカギの股間まで余裕で隠してくれては居るが、どうにも艶かしい格好であることは否めない。
 思わず南郷の口から本音が漏れる。

「なんか、いかがわしい格好だな」
「・・・」
「そういうお店のお姉ちゃんみたいだぞ」

 愛想の良い娼婦をアカギで想像すれば可笑しくなってきたか、南郷は笑い出す。

フアンテイナアンシン

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