04


「んじゃ食うか」
「うん」
「いただきます」
「・・・」
「ほら、お前も」
「いただき、ます」

 あまり慣れていない言葉なのか、まるで南郷の真似をするようにアカギの口は動いた。
 それから二人、パクパクと目の前の料理を平らげていく。
 よく考えれば昨晩から何も食べていないのだ。
 食べ初めてようやく、思っていたより自分たちの腹は減っていたことを知ったようだった。
 さして時間も掛からず皿は空になり、南郷は満足気に、淹れてもらった食後のお茶を飲む。
 アカギも空腹は改善されたようであった。

「よし、帰るぞ」
「うん」
「帰ったら風呂行こう」
「・・・」

 立とうしていたアカギはキョトンとした目で南郷を見詰めた。

「アカギ?」
「いや」
「どうした。まさかその年で風呂嫌いだとか言うなよ」
「そうじゃないさ」
「じゃあなんだ」
「一緒に、行っていいの?」
「は?何言ってんだ」
「・・・」

 南郷は少年が何を疑問に思っているのか分からなかった。
 まさか遠慮であるとは思えない。
 じゃぁもしかして、自分と行くのが嫌なのだろうか、と首を傾げる。
 否、アカギは戸惑っていたのだ。
 この男はどこまで自分を受け入れる気なのだろう、と。もちろん受け入れてもらいたいわけではないし、それ以前に受け入れる受け入れないといったことを考えること自体がこれまでに無かった。
 何故、こうも当然のように一緒に居る流れを作れるのだろう、と。
 それがアカギは不思議でならない。
 そして少しだけ心地良いというのも本音だった。
 少年がそんなことを考えていれば、南郷は思案の挙句、何かに思い至ったようで、ハッと激しい表情になり、アカギにグッと顔を寄せる。
 さすがに少し驚いたアカギは思わず身体を引いた。

「お前まさか、背中に彫り物あるとか言うんじゃないだろうな」

 真剣な顔で、小声で、そんなことを聞いてきた南郷に、アカギは無表情しか浮かべられなかった。
 呆れ顔、とも世間では言うだろう。

「・・・何言ってんの」
「どうなんだ」
「ないよ、そんなの」

 溜息に近いものを吐いて、アカギは椅子から立ち上がった。
 大人は馬鹿ばかりだと本気で思う少年だった。
 南郷はあからさまに胸を撫で下ろしている。
 それから先に行こうとしているアカギに気付いて、慌てて勘定を済ませ後を追った。

「ごちそうさん!また来るよ」

 そう言って、笑顔で手を振る店主と奥さんに己も手を振って店を出た。
 アカギは店の外で南郷を待っていて、一緒にアパートへ戻る。

「お前の制服な、それ気付かなかったが、ちょっと酷いなぁ」

 随分とよれよれである。
 海水に浸ったのだからそれも当然だが。
 そしてこれもまた、今更過ぎる。

「銭湯行くついでに洗濯だな」
「風呂場で?」
「コインランドリーだよ」
「でも俺、他に服ない」
「それなんだよなぁ。俺のじゃさすがにでか過ぎるし」
「いいよ、南郷さんので」
「馬鹿言うな。歩いてるうちに脱げちまうぞ」

 アカギは可笑しそうにクックッと笑った。

「まさか、大丈夫だよ。捲れば良い」
「そうかぁ?」

 結局、南郷は自分の服をアカギに着せた。
 半袖シャツは、袖はともかく襟がアカギにはかなり広いし、スラックスなどは捲った部分が重さを帯びるほどだ。

「下着はさすがにずり落ちるぞ」
「いらない。面倒だし」

 もうここまで来たらどうでもいいか、と南郷もそれに頷いた。
 それからアカギと自分のとを纏めた洗濯物と、銭湯の道具を準備して、二人でまたアパートを出た。
 銭湯に着き中に入ると、脱衣所で服を脱いでいく。
 裸になったアカギの身体には、昨晩のチキンレースのせいかあちこちに痣が出来ていた。

「お前それ、痛くないのか」
「あまり」
「そう、か」

 華奢な身体は肌も白く、蹴ったら折れそうなほどに思えた。
 定食屋での様子では小食というわけではないようだし、そういう体型なのだろう、と南郷は思う。
 だが、あばら骨が浮き出るほどの体躯に痣があると必要以上に痛々しく目には映った。

「お前、苛められたりしてないか」
「まさか」
「だよな。チキンレースなんぞやるくらいだもんな」
「何故か知らないけど、よく喧嘩ふっかけられるんだよね」

 苛めやすいとかではなく、その表情や態度のせいだろう。生意気だと言われている様子が目に浮かぶようだった。
 アカギの瞳は、どこか人を見透かしている感じがある。
 それがまた、見栄だけで突っ張っているチンピラには癪に障るのだ。

「よく五体満足できてるな、お前」
「まぁね」
「喧嘩は避けてんのか」
「そうでもないさ。売られた喧嘩は買うよ」
「え?」
「けっこう勝てるし」
「・・・」

 この見た目で腕っ節も強いとなれば、それは最強だ、と南郷は心底恐ろしくなった。
 実際アカギは喧嘩に強かったが、それは力があるというよりもアカギがチンピラより一枚上手だというだけなのだ。
 言動から次の動きが読める。何を言えば逆上するか、何をすれば隙を着けるか、そういったことを本能的に熟知しているのだ。この少年は。

「アカギ、今夜はどうする」
「え?」
「帰るとこないなら、ウチに居ていいからな」
「・・・うん」

 そしてやはりまた、アカギは少しだけ南郷を不思議に思うのだった。
 南郷には、これはあまりに当然のこと過ぎて、アカギの思う不思議には気付かない。
 子供は大人が守るものだという概念が、南郷にあってアカギにはないものだった。

「ちゃんと首まで浸かれよー」
「南郷さん、俺をいくつだと思ってんの」
「子供」
「・・・」

 実際、昨晩の雀荘で半荘の合間に一服をしながら不意にアカギの年齢を聞いたとき、かなり驚いた。
 子供だと思ってはいたが、まさか十三だとは。
 そんな子供にしてやられた竜崎たちからすれば、もっと驚きだろう。
 南郷は昨晩のことをチラリと思い出しながら、ふとアカギを見た。
 湯に浸かれば少年の酷く白い肌も少しだけ赤みを帯びて、ちゃんと血の通っていることが分かり少しだけホッとした。
 銭湯を出てから、隣に並んで設営されているコインランドリーに入る。
 洗濯物を回したまま放置している者も居るが、南郷は盗難などを考えてか念のため、回しているときはそこに居るようにしている。
 既に時間は夕方で、日曜ともくれば、人の出入りはそれなりにあるようだった。
 だが上手いこと一つだけ空いている洗濯機を見つければ、持ってきていた洗濯物と洗剤を一緒に放り込んで、小銭を入れてスイッチを押す。
 ゴウンゴウンと眠くなるような音を響かせながら機械は動き始めた。

「制服ってコインランドリーで洗っていいもんかな、アカギ」

 そして昼間同様にまたもや今更なことを聞く南郷。

「聞くなら回す前に言いなよ、南郷さん」
「それもそうだな。いや、今思ったんだ」
「洗っちゃいけないもんだとしても、もう遅いじゃない」
「そうだな」
「まぁ俺は、どっちでもいいけど」
「お前のだろうが」
「俺には制服でも今のこれでも同じだよ」
「・・・いや、それはどうかと思うぞ」

 明らかに大き過ぎる服を身に纏っている今のアカギの姿は、さしずめメイクをしていないピエロのようで、本当に本人はそれでいいのか南郷は疑ってしまう。
 回してる間、二人は設置されているベンチに並んで座った。

「夕飯はどうする」
「さっき食べたばかりだし、まだ要らないよ」
「そうだよな」

 アカギは、この男がこれだけ優柔不断でどうやって生きてきたのか知りたくなった。
 が、次の瞬間にはどうでも良くなっていた。
 だがふと、もしかしてこれは自分に気を使っているのだろうかと考えた。
 もしそうならば少しだけ面白かった。
 やはり南郷は変な大人だと、感じた。

「何か買って帰るか。夜中に腹減るだろ」
「うん」

 まだ一晩しか経っていないのに、南郷の言動はアカギに誰かと生活をしているということを感じさせた。
 南郷は、とても人間くさい。
 生活という言葉のままに、日々を過ごしているのだとアカギは思った。

「南郷さん」
「ん?」
「南郷さんはどうなの」
「何がだ」
「仕事は」
「あぁ」

 子供にとっての学校が、大人にとっての会社だ。
 アカギはそういう意味で聞いたのだろう。

「俺もいんだよ。今は無職だから」
「へぇ、意外だな」
「そうか?」
「もっと堅実だと思ってた」
「堅実な奴が借金で死にかけるかよ」
「それもそうだね」

 二人で小さく笑う。

「借金の先がバれてな。さすがにヤクザに睨まれてる男は困るって、クビにされたんだ」
「ふぅん」

 特にアカギは驚きもせず、冷静に話を聞いていた。
 修羅場を掻い潜ってきた少年に取っては、どうともない話なのだろう。

「でもまぁ、お前のおかげで帳消しになったし、これからまた探すさ」
「やっぱ堅実だよ、アンタ」
「そうか?」
「あぁ」

 三百万を手に入れたことも、これから六百万以上の金が動く勝負があることも、忘れているのか考えていないのか、南郷からは感じられなかった。
 それからまた暫く沈黙が続く。
 時折、他の利用者が二人の前を行ったり来たりする以外は、何もない。
 ただの何もない時間。
 アカギは、ふと自分の中の渇望が少しだけ薄らいでいることに気付いて、眉を寄せた。
 この渇きは癒えることはないだろうし、勝負が近付けばまた貪欲になるであろうことは分かっていたが、今この瞬間だけでも変調があったことに少なからず動揺したのだ。

「南郷さん」
「何だ」
「・・・」
「何だよ」
「帰り、アイスが食べたい」
「お前・・・突然子供らしいこと言うなよ、驚く」
「いいじゃない」
「いいけどな」

 そしてそれに心地良さを感じている自分にも、動揺していた。
 死線を掻い潜っているときの、あの狂気の沙汰にある面白さ、スリル。
 それとは違うもの。
 前者は恐らく、アカギには既に必要不可欠であり、それがアカギの世界でもあった。
 だが、後者。
 南郷と居るときに感じるこの感覚も、悪くはないものだった。
 アカギはクックッと一人小さく笑う。

「どうした」
「何でもないよ」
「気持ち悪いぞ」
「酷いこと言うな」

 狂気の領域に居ながらにして、眩しく暖かい太陽に手を伸ばす。
 その感覚もまた、狂気なのだと気付いて、アカギは可笑しくなったのだった。

マルデヒダマリ

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