02


「だよな。いくら何でもいきなり死ぬわけないか」

 むしろこの少年の場合は、あの世ではない違う意味での異世界、狂気の世界へと行ってしまうことの方が、可能性が高いのだと南郷は思った。
 だが眠っているアカギの顔を見ていれば、それは確かに年相応の子供の顔で、昨晩のことは幻なのではないかと思えた。
 否、そんなわけは無いのだ。
 何故なら目の前に居るこの子供こそが、その昨晩の狂気の証なのだから。
 暫くボンヤリとアカギの寝顔を見ていたが、眠気に襲われてグラリと来た所で我に返り、思い出したように少年の身体に掛け布団を被せてやった。
 枕も頭の下に入れてやりたかったが、起こしてしまうことを懸念してそれは辞めた。

「・・・俺も、寝るか」

 そこでふと気付く。

「どこで寝りゃいんだ」

 自分の布団は占領されているし、何よりまず片付けなければこの部屋には二人寝る場所が無い。
 おいおい、と南郷は溜息を付いたが、それも仕方ない。
 少年を招き込んだのは自分なのだ。
 自分が客用の布団を使うのは悪い気もしたが、その前に片付けという労働があるのだから、ご褒美として受け取っておこうと思う。
 この部屋にある客用の布団なるものが褒美に値するかはこの際置いておくとして。
 早速、南郷は立ち上がってまずはちゃぶ台の上を片付けた。
 改めて酷いもんだと肩を竦める。
 片っ端から屑篭に入れていった。空き缶やら空袋やら、すぐに屑篭はいっぱいになってしまったが、それは起きてから何とかするとして、皿やコップも流しに持っていき、水に漬ける。
 これも起きてからだ。
 雑誌の類は適当に纏めて端に寄せておく。
 それからちゃぶ台を持ち上げて足を折り畳もうとした。
 これさえどけてしまえば布団を敷ける。
 だが、片側を持ち上げた瞬間に手を滑らせてしまい、部屋に大きな音が響いた。
 しまった、と思ったときは既に遅く、後ろから呻き声が聞こえた。

「ん・・・何?」

 アカギを起こしてしまったことに気付いて南郷は振り返り、苦笑いを浮かべる。

「悪い。起こしたな。寝てていいぞ、片付けてるだけだから」
「・・・あぁ、南郷さんも寝るんだね」

 当たり前の質問をされて思わず眉を上げる。
 そりゃ俺だって寝るさ人間だから、と思わず喉まで出るが、どうでもいいかと思い直して頬を掻いた。

「もう一つ布団敷くから、お前そっちに寝るか?」
「・・・」
「そっちのが綺麗だぞ」

 むっくりと上半身を起こしたアカギは、ぼんやりと南郷を見詰めていた。
 半分しか開いていない目は、覚醒しているとき以上に何を考えているか分からない。

「ここでいいじゃない」
「は?」
「一つで良いじゃない」
「アカギ?」
「ほら」

 アカギは南郷の手を掴んで思い切り引っ張る。
 油断していた南郷はそのまま布団に倒れこんだ。

「うおっ、お、おい!」

 倒れこんだ南郷の腕を抱くようにして、再びアカギは目を閉じた。

「おい、アカギ、これじゃ狭いだろう」
「平気だよ」

 アカギの身体は確かに細いが、二人は確実に狭い。

「だがな」
「うるさいなアンタ」

 薄くアカギの目が開き、眉間に軽く皺が寄った。
 南郷は頬を引き攣らせて、これ以上逆らってはいけないと何故か本能的に感じた。
 どうやらアカギは寝惚けているようではあるが、今腕を解いたら何をされるか分からない、と南郷は察したのだ。
 勘が良いのか悪いのかは、今はまだ分からない。

「わ、分かったよ」

 溜息を一つ、まぁいいか、と南郷は大人しくそこに寝ることにした。
 しがみつかれている腕は動かせないので、もう片方の手で掛け布団を直す。
 アカギと寝るのは別に不快ではなかった。
 男とは言え子供だし、猫と寝ているような気分だった。
 すぐに隣からは先ほどまでと同じ寝息が聞こえてくる。
 南郷も、ずっと溜めていた眠気と人肌の心地良さとで、さして間を置かずに眠りに落ちた。


*************


 ふと、アカギは目が覚めた。
 記憶は確かで、ねむる直前のことも覚えていたため、開けた視界に間近な南郷の顔があっても特に驚きはしなかった。
 窓から差し込む光でまだ昼間なのが分かる。
 少し落ち着いた色の日光は、夕方に片足を踏み入れるか否かの頃だろうか。
 アカギは特に動きもせず、そのままジッと目の前の男の顔を見詰めた。
 大口を開けてぐぅぐぅと幸せそうに眠っている。
 自分の腕が男の腕に巻きついていることに気付いたが、それもそのままにしておいた。
 この男は体温が高いのではないだろうかと思ったが、布団の中で人と一緒に寝ていればこの程度の暖かさにはなるかと思い直す。
 今更ながら男の無精髭に気付いた。
 無感動な目が男の顔を見詰めている。
 暫くそのままで居たが、不意に窓をカリカリと引っ掻く音が聞こえて、意識が反れた。
 腕を外して、上半身を起こす。
 窓に小さな黒い影が見え、その影が音の原因らしいことに気付いたアカギは、ムクリと静かに起き上がって、外に繋がっている窓へ歩み寄った。
 鍵を外して開ければすぐにそれが猫だと分かったが、アカギを見た途端に鳴き声を上げて凄い勢いで逃げて行ってしまった。

「・・・」

 猫が逃げた先をアカギは見詰めたが、戻ってくるわけもなく、そのまま辺りを見回した。
 窓の外には石段が一つあって、洗濯物を干せる程度の小さな空間と日避け屋根がある。
 その先にある垣根は、管理人が手入れをしているのかいないのか、あまり良い形ではなかった。
 とても天気が良い。
 だが特に天候に興味は無いアカギは、静かに窓を閉めた。
 振り返れば中途半端に片付けられている部屋の状況に気付くが、やはり特に何も思わなかったか、そのまま便所へと向かう。
 南郷を起こすか起こさないかなど、迷うどころか考えもしていないようだ。
 足元に転がっている目覚まし時計に一瞬視線が向いたが、時間もやはりどうでも良かった。
 台所の横にある扉を開ければ、間違うわけもないがそこは便所で、中に入ればバタンと扉を閉める。
 その音に反応して、まだ寝ていた南郷の眉がピクリと揺れた。

「ん・・んん・・」

 モゾリと一度寝返りを打ってから、数秒も置かず突然にガバリとその巨体を起こす。

「っっ!!」

 慌てた様子で辺りを探り、ようやく見つけた目覚まし時計をガシッと掴んだ。

「な、何時だ!遅れちまう!」

 が、時間を見た所で我に返る。
 何に遅れるのだろうかと。
 見れば時計の短針は三を少し過ぎた辺りを指している。
 南郷はそれが一瞬、午前なのか午後なのかも判断が付かなかった。
 外の明るさを見れば午前であるわけもないのだが。
 軽い混乱状態にあった南郷の耳に便所の水洗音が突然に聞こえて思わず肩が跳ねる。

ソコニアルセイカツ

<< back next >>

戻る





「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -