「マンネリだわあ」
「……マンネリ?」
「そ、マンネリ」

 川尻さんは頬杖をついて、綺麗に揃った歯でクッキーの端をかじりながら言った。マンネリ。ここのところ恋愛とは縁遠いために聞き慣れていない単語に目をぱちくりする。川尻さんは結婚何年目だって言っていたっけ。知り合ったばかりの時に聞いた気がするのに、よく思い出せない。話の先を促すつもりで、川尻さんの真似をしてクッキーをかじる。

「やっぱり結婚って、慎重にするべきよ。あたし、最近痛感したわ」
「そうなんですか?」
「そーよ。絶対そー!」
「いまいち想像つかないんですよね。結婚……」
「好きな人とかいないの?いるでしょ?」
 唾液と混ざってどろどろになったクッキーのかけらを延々咀嚼しながら、ちらりと川尻さんの顔を見る。倦怠期に陥った若い人妻ことしのぶさんは色素の薄い目をきらきら輝かせて私を見ていた。女の人ってのはいくつになってもこういう話が好きなもんなのね。大学生の時、サークルの飲み会でなんとかくんと付き合っていた事を聞き出されたのを、じわりと思い出した。
「……いますけど。でも」
「どんな人?」
「で、でも別に付き合いたいとかではなくって……見てるだけで良いっていうか……」
「ああ〜〜〜良いわねえ〜〜〜」
 熱の篭った溜息と一緒に吐き出すように言った川尻さんは、まるで前世の記憶をスクリーンに映して見ているみたいな遠い目で私を見た。私からしたら、旦那さんも可愛いお子さんもいて、こんな大きなうちで暮らせる平和な生活は羨ましい。仕事も楽しいからいいけれど、川尻さんは今すごく良い環境にいるはずだ。
 うん、でも、そういうのって本人にはわからないものなんだよね。
「で、どんな人」
「え、い、いや、あの」
「ほらほらあ言っちゃいなさいよ友達でしょ!」
「そうですけど……私誰にも言ってないですし」
「んもう」
 秘密シュギねえ、なんて言ってまたクッキーを口に放り込む川尻さんに曖昧に微笑んで紅茶に口をつける。「恥ずかしいんで」と付け加えると川尻さんは「ふぅ〜ん」と唸った。
「でもあんた、男慣れしてなさそうだから、そのうち悪い男に引っ掛かっちゃいそうよね」
「……そうですかねぇ?」
「若いうちにたくさん遊んどいたほーが良いわよ。避妊だけは忘れないでさ」
「…………避妊」
「うん」
 これまた聞き慣れない生々しい単語に口をつぐむ。結婚。マンネリ。避妊。ぐるぐる混乱しはじめた思考は、川尻さんが注いでくれた紅茶に混ぜたミルクと一緒に、やっぱりぐるぐる回っていた。川尻さんってやっぱり、大人だ。


20091012

しのぶちゃん好きなんですけどいまいち覚えてない



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