「あのー!すいません!えっと……鋼田一?さーん」
鉄塔の頂上付近でちらちら動く黒い影に向かって呼び掛けると、白い顔がこちらに向いてから、するするとその人影が降りてきた。
にしても驚いた。噂には聞いてたけどこの人本当に鉄塔に住んでるのね。ギネスでも狙ってるのかしら……?私なんかすぐに足滑らせて落ちちゃうだろうな。軽やかに下に降りてくる鋼田一さんを感心して眺めながら、次に言わなくちゃいけない言葉を頭の中で整理する。
鋼田一さんは私の目の高さより一メートルくらい高い場所でピタリと止まって、じっと私を見た。警戒されているのかもしれない。
「あの、私ぶどうが丘高校の教師なんですけども、実はPTAの一部の方から苦情が来てまして」
「………………どんなです?」
「あー、そのー」
言いづらくなった私は、紙を渡して読んでもらうことにした。
「あッ!それ踏まないでッ!」
「えっ?え?す、すいません」
踏み付けてしまったタンポポのようなものと鋼田一さんと両方に謝って、そろそろと鉄塔に近付く。足だけで鉄塔に掴まって、鋼田一さんはぐいっと体ごと腕をこっちに伸ばす。びくびくしながら紙を鋼田一さんに手渡した。
軽々と体を起こして、鋼田一さんは紙をかさかさと開いた。時間の余った私は鉄塔を見上げる。夏や冬は大変そうだな。
「……教育に悪い?」
「……あ、なんかそう思われる方もいらっしゃるみたいなんですが大事にしたくないそうでとりあえず私が伺いまし」
「帰ってくれ。何言われたって出たくないし出られないんだ」
「……………」
困った。このまま帰ると怒られる。でもこの鉄塔はこの人の持ち物だし、確かに立ち退く理由は無い。それにここは通学路でも無いのだ。苦情はいちゃもんに近い。
とりあえず戻って、鋼田一さんには出る気が無いらしい事を伝えてみようと、また鉄塔を登っていこうとする鋼田一さんを呼び止める。
「あのー、私帰りますから。タンポポのお詫びに今度ほうれん草でもお持ちしますね」
「…………」
振り返った鋼田一さんと見つめ合って、首を傾げる。
ほうれん草はお嫌いですかと尋ねるとキャベツにしてくれと言われた。


20090808





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