砂浜に立って海を眺めていたら、後ろで人の気配がした。

ここは海岸の端の方だ。めったに人は来ない、かどうかは分からなかったが、少なくとも俺がここにいた数十分で他人が寄って来たのは今俺の後ろにいる奴が初めてだった。俺は振り返った。女だった。

「あ、どうも」
人の良さそうな笑顔を浮かべて軽く会釈した女につられて、ほんの少し帽子の鍔を下げる。女は白いワンピースにカーディガンを羽織っていた。他に連れがいるようにも見えない。
この町の住人のようだ。分からないが、そんな気がした。

女は、さくさくと砂を踏んで波打際の俺に近付いてきた。小さな女だ。徐倫を思い出した。小さいとはいえ徐倫はまだ子供だし似ても似つかないのだが。不思議に思いながら、また水平線へ目を遣った。

「ご旅行ですか?」
「そんな所だ」
「暑くないんですか?」
「まあな」
「へえ」
女は俺に話し掛ける。何しに来たんだ。そう聞こうとしたが、自分も特に用無くここに立っていた事に気がついて口を噤んだ。
「ヒトデって、いるじゃないですか」
「………………」
突然女はヒトデの話を始めた。
俺があまり得意としないタイプの人間だ。気分屋で何を考えてるんだかさっぱりな奴。俺はさっさと部屋に戻らなかった事を後悔し始めていた。
「私、ヒトデの事ってよく知らないんですよね。切ったら増えるって事くらい。なんで増えるんでしょう」
「………………」
「あなたは知ってます?ヒトデ」
「……………ああ」
そうですかぁ、と間延びした相槌を打って、女は黙る。
やはり俺は部屋に戻る事にした。柔らかい砂を踏んで踵を返す。日差しがコートに照り付けて我慢大会並の暑さを呈していた事も原因の一つだ。踏み付けたクツの中がじわりとしめっている。

砂浜から上がった時、ふと気になって後ろを振り返った。
「さよなら!」
女は満面の笑みで俺に手を振っていた。
なんなんだ、あの女。馴れ馴れしい奴はニガテなんだが。少し迷ってから、軽く手だけ挙げてやった。





「…………ヒトデか」
エレベーターの中でぽつりと呟いた俺を、ボーイが怪訝そうにちらりと振り返った。

20090803


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