「虹村さーん。にーじむーらさーん。億泰くーん。いますかー?」

虹村くんのおうちの古びたインターホンを一度押しても反応が無かったので、私は声をかけてみることにした。大きなおうちだからもっと大きな声を出さなくちゃだめかしら。でも近所迷惑になっちゃあまずいし。お母さんもお父さんもお留守なのかな。出直そうかな。
私が踵を返そうとした時、乱暴に戸が開いた。

「………………………」
「あ、こんにちは。………すいません、うるさかったかな」
出てきた人は学生服を着た、これまた不良っぽい子だった。でも私は杜王町に越してきてからすっかり不良くんに慣れていた(仗助くんや虹村くんのお陰だ)。降りかけた段差をもう一度登って、眉間に皺を寄せてこちらを睨む虹村くんのお兄さんとおぼしき人に近付いて頭を下げる。
「……どうして弟の名前を知ってるんだ?あんた」
「あ、私ぶどうヶ丘高校の教師なんです。苗字と申します。今日億泰くんにノート返却するの忘れてしまって」
「……そこにある『立入禁止』の看板が見えなかったのか?」
「あれ?」
お屋敷の大きさ(……とボロさ)に気を取られて、全く気が付かなかった。相当私がマヌケな顔をしていたのか、虹村くんのお兄さんはますます眉間の皺を深くする。
「分かった。分かったから、ノートを渡してさっさと帰れ」
「あ、はい。分かりました」
なんだか悪い事をしたなあ。立入禁止と書いてあったのに入ってしまって、しかも大声で名前まで呼んで。なんとなくへこんだ私を更なる悲劇が襲った。鞄の中に虹村くんのノートが無い。
「………………あれ?」
「……………」
「あれ?あっれ……おっかしいなあ……」
「……………」
「ちょっと待ってくださいね……いやそんなはずは……あれェー」
「………おい」
「あ、いや、大丈夫です、すぐ見つかるんで、あるはずなん」
ばたん!と音を立てて、戸が閉まった。

ぽかんとする私を、さあーっという風の音が包む。戸が閉まったのは風のせい?いやでもそれなら、虹村くんのお兄さんはまたすぐ戸を開けてくれるはずだ。試しにドアノブを回してみるとがちゃりとひっかかる。

……ずいぶん億泰くんとは似てないんだなあ。億泰くんなら一緒に探してくれるくらいなのに。

困ったわ、ノートも無いし。明日の宿題があるのに。まあとりあえず一度、学校に戻らなきゃだめよね。私はもう一度戸に背を向けた。

「おい」
「あ」
振り返ると、また虹村くんのお兄さんは顔を覗かせていた。なんとなく嬉しくなって笑顔で頭を下げる。黙ったままお兄さんは紙を一枚差し出した。
「億泰は遅くまで帰って来ません。これ、あいつの友達の電話番号。直接渡してやって下さい」
「わあ、ありがとうござ」
メモ用紙を受けとって言い切るより前に、ばたん!とまた大きな音を立てて戸が閉まった。きっと建て付けが悪いのね。

それにしても、やっぱり怖い見た目の人って基本的に優しい。最初はお兄さん怖い人かなと思ったけど、ジンクスは間違ってなかったわ。

急いでちぎったようなくしゃくしゃの紙をぱしっと広げて、私は微笑んだ。


20090727


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