ぶどうヶ丘高校に赴任して一ヶ月。大体勝手が分かって来た。

小学部から高等部まで、通学路はたいへん賑わう。勝手が分かったというのはつまり、小さな小学生やスカートをひらめかせ自転車を漕ぐ女子高生、群れて歩く男子中学生を避けて避けて通勤する術を身につけたという事だ。教師らしいと自分で思っている膝下丈のスカートのひだを、春終わりかけの風が撫でる。

「センセー?」
声のした方に振り返ると、めちゃくちゃ見覚えのあるリーゼントがこちらを見ていた。目が合うと、にっと笑う。私より頭一つとちょっと背の高い彼の名前は、なんだったか。ジョジョ?とか呼ばれていた気がしないでもない。
「おはよう、ジョジョくん」
外人みたいな顔立ちだから、実際そういう名前なんだろうか。自信は無いが、彼が見た目通り悪い子なら私はしっかり名前を覚えていたはず。机に足も上げていなかったし、きらきらしたあの目でうんうん頷きながらこっちを見ていたから、逆に名前を覚えておかなきゃいけないなんて思わなかったのだ。
ジョジョくんは大股で私に追い付いて、おはよーございます、とご機嫌に言った。遅刻もしないのね。制服の改造と髪型は校則違反だと思うのだけど、不良じゃないのかな。
「苗字先生はいっつもこの時間に来るんスか?」
いびつな敬語に微笑みながら、ジョジョくんと並んで歩き出す。横を自転車がすり抜けた。
「まあ、大体ね。教師にしてはちょっと遅いほうかな」
「っすよねェ?」
「私、早起きは苦手なの。学生の頃から」
「俺も」
隣を見上げれば、照れ臭そうに笑うジョジョくん。やっぱり、みんなそうだよね。私がそう呟くと、うんうん頷いて腕を組む。
「やっぱね、学校始まる時間を遅くするべきだと思うんっスよね。帰り遅くなっても良いからよォー」
「生徒会長になったらそんな風にもできるんじゃない?」
「いやいや!俺そんな器じゃあねーっスから!」
「そうかなあ」
「そっスよ」
良い子だ、この子は。教師になってつくづく思うけれど、やっぱり人、特に子供は見た目だけじゃあ中身は判断しきれない。
少し強く吹いた風になんとなくじんときて片目をつぶる。

「……俺、センセーの授業楽しみにしてんスよ」
「えっ」
ほんとうに!?と叫んで思わず立ち止まる。前を歩く女子二人組が振り返った。きゃあ、と黄色い悲鳴があがったのも気にならずに、両手を合わせる。
授業が楽しみ、という言葉は教師冥利に尽きるのだ。退屈な授業にならないようにできる限り努力はしてみるものの、面白い事だって言えないし、やっぱり難しい。
「嬉しいな!退屈じゃない?」
私の数歩前で立ち止まったジョジョくんが照れ臭そうに頬をかりかり掻いて、たのしいっす、と微笑む。
思わず小さくガッツポーズを取って、その手を開いて流れでジョジョくんの広い背中をぱしんと叩いた。
「いっ」
「よっし!先生今日も一日頑張るよ!」
「……うっす!」
「じゃあ先生会議遅れちゃうから行くね!」
「あ……はァい」
のんびり歩いていたせいか、時計を見るともう時間が無かった。ジョジョくんは遅刻するつもりなんだろうか、優しい半開きの目でこちらを見ている。軽く手を振って小走りでジョジョくんを追い越す。
「ジョジョくんもなるべく急いでね!遅刻ダメよ!」
返事を待たずに、近付いてきた校門に向かって走った。今日、ジョジョくんのクラスで授業はあったろうか。あったら、彼に当ててあげようかな。


20090720


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