こつ、こつこつ、と不規則な杖の音がエントランスに響きました。番人のようにホールの中央で本を読んでいた私が顔を上げますと、やはりそこにいらしたのはンドゥール様でした。私がいる事に気が付いていらっしゃるのでしょう、俯かせていた顔をちらりと上げて閉じた目でこちらをご覧になります。

「……誰だ?」
「ナマエです」
「ああ」
あんたか、とンドゥール様はこちらへ寄っていらっしゃいます。立ち上がって一つしか無い椅子を譲ろうとしました。
「座っていろ。俺は脚は悪くないからな」
「それなら私も立っています」
ンドゥール様が少し笑まれたのでついつられてしまいます。
空中に視線をさ迷わせるンドゥール様は、今日はどこへ行かれて何を聴かれたのでしょうか。お尋ねしようか迷いましたが、結局止めました。いつものようにンドゥールさんの先を歩いて、部屋へ案内させて頂きます。手は取りません、ンドゥール様があまりよいお顔をされませんので。

ンドゥール様のこざっぱりしたお部屋の戸を開けさせていただいて、私も中へご一緒しました。
いえ部屋は、こざっぱりというよりはベッドと空の本棚しかございません。埃はメイドである私が掃いましたので、ネズミが巣穴から出てくる以外は、清潔ですが。

ンドゥール様がベッドへ腰掛けられたのを確かめてから、私は傍らの椅子へ腰掛けました。持っていた本を開いて、ンドゥール様の杖を受け取りました。
「今日はどこからだか覚えていらっしゃいますか?」
「忘れてしまったな」
「私もです」
ンドゥール様の首筋が白く艶めいて私の何かをくすぐりました。
ご本を読ませて頂くのは一向に構わないのですが、いつか『食欲』が押さえきれなくなるのでは無いかと私はひそかに恐れております。血を吸ってもンドゥール様は私をお叱りにならないでしょうが、死ぬでしょう。それは嫌ですし、ンドゥール様は同じ吸血鬼でもDIO様の血肉となることを望まれている筈です。本の一番初めの白いページをめくりながら、私は気付かれないようじっと青白い頸動脈を見つめていました。


20090701

ンドゥール様にげて



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