旅に出てからというもの、名前の笑顔を、いや違った、笑顔以外を見た事が無かった。ハエに舌を抜かれそうになったときも妙な車に追いかけ回された時も、どこか名前は楽しそうだった。いつもはきはきしていて果てしなくポジティブで、にこにこ笑っているのが、名前だ。

 が、そんな名前が初めて泣いたのは、アヴドゥルが撃たれた時だ。
 笑顔をプラス五とすると、普通の人は普段ゼロだから、悲しくなった時にはマイナス五くらいになって涙を流しながらしゃくりあげるし顔も歪む。傍から見てて見てて悲しくなるような顔をして泣く。のだが、名前は普段から全力でプラス五。つまり、悲しくなると表情の数値は差し引きゼロになるというわけだ。
 そんなわけで名前は後部座席、窓際で無表情のまま呆けていた。呆けながら、ちょっとした滝みたいに涙が垂れ流しになっている。隣のポルナレフと揃いも揃って暗いものだから、承太郎は居心地が悪そうだった。





「……………」
 夜中、僕と承太郎の部屋に名前が来たので、承太郎は早々に狸寝入りを開始した。いつもの帽子はドレッサーの上に放ってある。承太郎は名前のことが苦手らしい、嫌いじゃあない、苦手だ。いつものハイテンションでもどう接すれば良いか分からないようだったのに、こんなに落ち込まれてはますますどうすれば良いのか分からなかったんだろう。名前を迎え入れてから、ベッドで横になる承太郎をちらりと見た。
 当の名前はといえば、僕の後ろをぴったりついてきた。部屋はそう広くない。ドレッサーの帽子を承太郎の顔に被せてやるまで、まるでRPGの中のローポリゴンの仲間みたいに後ろをちょこちょこ付いてくる。無表情で。

 困った僕はとりあえずベッドに名前を座らせることにした。振り返って、小さな肩をぐいっと押し込む。が、名前は座りたくないようだった。僕が押す力と全く同じ力で押し返してきている。僕は早々に諦めた。

「………………典明」
 名前が、向かい合ったまま途方に暮れた僕を呼んだ。まっすぐ僕の第二ボタンあたりを見つめている目が虚ろだ。
「アヴドゥル……しんじゃった……」
 また、眉一つ動かさないまま焦げ茶色の瞳が潤む。
 ……こりゃあ、カワイソーだ。アヴドゥルと合流するまでこのままじゃあ、名前自身の命だって危ないんじゃあないか。だが、ここで言ってしまえば……敵の目を欺く作戦は水の泡だ(隠せと言ったって、にこにこが止まらないだろう)。

 てことは、なんとか僕が励ましてやるしか無いのか。

 またぼろぼろ泣いている名前の頭に、手のひらをのせた。子供のような髪質のそれを丁寧に撫でてやる。
「今名前が悲しんでたら、アヴドゥルだってきっと悲しくなるよ。僕はいつもの笑顔が見たいんだけどな」
 承太郎の脚がぴくりと動いた。名前は、くすぐったそうに細めた目から涙と、あと鼻水を垂れ流しながら僕を見上げる。

 ……承太郎、文句は後で聞くから、押し付けといて妬くのはよしてくれ。

20090622


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