「承太郎ォー――ッ!!」

 きいんと耳鳴りがした。閉じた片目をゆっくり開きながら、右側を睨む。やはり、いた。うっとおしすぎていっそスガスガしいほどの笑顔が、いたのだ。

「おはよう!!!」
 俺と真っ正面に向き合った今も、名前は大声で言った。顔が近い。椅子の背と机をがっちり掴んで俺の鼻先十センチまで寄っている名前の体をぐいと押し退けて、俺は脚を机から下ろした。
「承太郎!!おはようは!?」
「……………」
「お!!は!!よ」
「わかったわかった……」
 俺もこいつの扱いには慣れたもんだ。こうなるとこいつは思い通りになるまで俺の耳元で叫びつづけるし、まあクラスの奴らも慣れているようだから一応叫ばれても恥をかくこたあないわけだが、こいつが諦めるより先に俺の耳がイカレちまう。だから、こうやって適当にあしらうのが一番良い。

「ねえ承太郎!今日一緒に帰ろうよ!」

 ……こいつは声がでかい。授業中当てられたときも、無理矢理俺につきまとって来て一生懸命しゃべってるときもだ。まるで声が大きいのが唯一の取り得とばかりに、こいつは毎日にこにこしながら公害並の爆音をかます。『腹筋が凄いんだよォ!』とか言って、細っこいのに確かに割れている腹を見せられたのは、つい最近のことだ。
「好きにしろ」
「やった!!約束ね!!」
 うるせえから耳元で叫ぶなとは言わない。もう何度も何度も言った後だからだ。
「ねえそうだ聞いてよ承太郎!!わたしね!!スゴく美味しいお店みつけたの!!」
「ほお」
「だからね!!今日いこうよ!!」
「おう」
「やった!!約束だからね!!」
 ばんばんと名前は俺の背中を叩いた。ちっとも痛くない……と言いたいところだがなかなかに痛てえ。帽子の鍔を下げたのを了解と受け取ったのか、名前は流行りの歌を大声で熱唱しながら教室から出て行った。あれで放送委員なのだから益々いただけねえ。
 本気で拒否できない自分に嫌気がさして、大きく息を一つ吐いた。前の席の奴が肩を震わせた。やれやれだぜ。


20090620




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