隣のおうちに住んでるプロシュートが最近グレたらしい。プロシュートとは殆ど喋った事が無かったつもりだったのに、この間久々の外食の時車に乗り込もうとしたら学校帰りのプロシュートとちらりと目が合って、ママに『小さい頃はよく二人で遊んでたのに。お人形で』なんていういらない情報をもらった。ちなみに、グレたとは言ってもプロシュートは元々ハデだった。輝かしい金髪をぴっちり女の人みたいにして白い胸元全開なのだからこの地味な住宅街で目立つのもしかるべきことだろう。じゃあなんでグレたって言われ始めたかっていうと、それは最近プロシュートのうちへ入って行く彼の友達とおぼしき人たちのガラが悪くなったからだ。
桁違いに顔が整ってるものだから私だって気になりはする。するけどももう見慣れたし、プロシュートを見掛けてはキャーと歓声をあげる友達と同じ反応はしなかった。タバコくわえてほっつき歩いてるプロシュートを、鞄でもしょい直しながらじっと見つめた。私とあの不良王子が小さい頃人形で?遊んでた?あの、屋根裏に置きっぱなしのかわいらしい人形で?私はママが嘘をついてるんじゃあないかと思い始めていた。
それなのに、どうしてそんな気になったのか、ママは屋根裏から苦労して埃をかぶった人形が何人か入ったダンボールと、うすっぺらい袋がたくさん入っているダンボールを降ろしてきた。ソファでごろごろしていた私の隣にどさり、どさりとそのダンボールを置いて、まるで地球でも救ったような顔でママは私に言った。
「写真があるのよ。あなたとプロシュートの」
リアクションに困ってひじ掛けに顎を乗せたまま黙る私を無視して、ママは箱を漁りはじめた。うすっぺらい、綺麗に詰められた方の袋を順に寄せては何かを探している。私は急に眠くなって、ソファの背の方を向いた。
「ほら、これこれ。これよぉ。どうして忘れてたのかしら」
「ふーん。……ねえ!いきなり渡さないで!」
気の無い返事をした、黒い革で一杯だった私の視界を、何かが塞いだ。もしかしなくてもこの匂いは写真だ。ピントが合わずかちんときた私がママの手から写真をむしり取る。
確かに写真には金髪の子供と私が写っていた。が、おかしいのはその状況だ。
「……なにこれ」
「可愛いでしょ〜〜〜?もうね、近所でもベストカップルだって評判だっ」
「ああーもうやめてやめてやめてよ、下らないこと言わないでそうやって」
言いながら私は写真をびたりと伏せた。いまいちちゃんと見ていないからわからないけども、……嘘だ、ちゃんと見たからこんなに顔が熱いのだ。写真の、二人の天使とも言うべき(自分で言っちゃだめか)小さな子供はまるでどこかのポストカードの写真みたいにキスをしていた。ほっぺにとかじゃない。口同士でだ。死にたい。こんな写真引っ張り出してきたママも道連れにして。
「そういう言い方しないの。あのね、あなたが小さい頃はね、プロシュートと結婚するって言うもんだからパパが拗ねちゃってたいへ」
「もう!うるさいってば!今違うんだから関係ないでしょ!それに私ああいうタイプ嫌いなの!興味ないの!」
「……………あっそう」
ママの言い方にムカついた私は勢いで写真をテーブルに叩き付けて階段を駆け足で上り、乱暴にドアを開けて閉めて部屋に入った。
テーブルを叩いた手が痛い。ママがまた夕飯の時『ものに当たっちゃいけないの』とかごちゃごちゃ言いそうな気がして、私は壁を蹴った。

悶々と、雑念が消えない。さっきの写真がちらちらちらちら、目を閉じても開いても私の邪魔をする。ほんの少しの間しか見てないのに、嫌な記憶ほど目に焼き付くんだよね。ほんっと、やだやだ。
プロシュートは小さくてもプロシュートだった、つまり可愛かった。どうやったらあれが、あのかわいらしい子供が前ボタンを全開にするようになるのか全く見当もつかない。タバコなんか吸っちゃって。ちょっとかっこいいからってかっこつけないでよ。私はもう一度壁を蹴った。この日を境に、私はプロシュートを見るたび舌打ちをするようになった。

 写真を見てからしばらく経って私がやっと学校から家の前へたどり着くと、ちょうどプロシュートがプロシュートの家から出て来た。
 習慣てのは怖い。距離は数メートルしか無かったのに、私は思い切り嫌な顔で思い切り舌打ちをかました。まずいと思ったのはプロシュートと目が合った直後だ。私は正面を向いて、鍵でも開かないふりをしてごまかそうとした。でも鍵はもう開けた後だった。
「……………」
「…………………」
 かちゃん、と意味も無くもう一度鍵を閉める。横目で恐る恐るプロシュートを見るとプロシュートは薄い色の瞳でじいっと私の胃に穴が開くほどこちらを見つめていた。

「……………あー、その……違う。学校に忘れ物したのに気が付いて」
「………………」
「………………」
 カツアゲされる。そう思った私は、無駄な動きゼロで鍵をまた逆に回してドアノブを思いっきり引……
「おい、待てよ」
 ……くより先に初めて聞いた(はずの)声がしっかり私を引き止める。一人しかいない。プロシュートだ。二つの意思(今すぐ逃げろ)(動いたら金とられる)が頭の中でせめぎ合った私の動きは完全に止まった。
つかつかとプロシュートが近付いてきた。身体を固くした私の肩を掴んで、ぐいっと自分の方へ向ける。よろける私。視界に入ったプロシュートの眉間にはしっかり皺が寄っていた。

 私は咄嗟にインターホンを鳴らした。ママに助けを求めるためにだ。空気に合わない呑気な音が静かな道路に響く。カメラ横の小さな赤いライトが点灯した。
「は?」
「ママ!ちょっと助けて!不良に絡まれて今にも殺されそ……」
『あら?プロシュートじゃないの!』
「どうも」
「どうもじゃなくて!あっ、いやどうもはいいんですけど……ママ!こっち来……」
 インターホンを連打しながら一瞬盗み見たプロシュートの顔が怒っていなかったせいで動きが止まる。また身体が固まったのだ。高い位置から少しまつげを伏せてカメラを見下ろすプロシュートが、私の視線に気付いてこちらを向いた。
 バカみたいに自分の顔が熱くなった。
 いやだ、私!男は顔じゃあないのよ!と考えながら自分を思い切り殴りたくなっていると、プロシュートがまた怪訝そうな顔に戻る。
「お前、頭おかしいくらい顔変わるな」
「……………!!」
 パニックになった私は、急いでドアノブを引いて体をドアの内側に滑り込ませた。空気に押し負けないように全力でドアを閉じてカギをかける。そのまま奥まで走って階段に足をかけた。
「ああ、ごめんね。ナマエったらシャイだから」
「余計なこと言わないでッ!!」
 階段を駆け登って自分の部屋に入った直後、ママの甲高い笑い声が聞こえてきて、耐え切れなくなった私は机を思い切り蹴飛ばした。


20090810

タイトル:アネモネ

兄貴って学校行ったのかな……




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