人には誰しも向き不向きがあるということを、パンナコッタ・フーゴはきちんと理解していた。だからこそ、ナランチャがドリルとにらめっこするのにはいつも付き合ったし、ミスタが紅茶を淹れようとしたときにも、アバッキオがおつかいでナマエの寝間着を買ってこさせられたときにも、フーゴは律儀に隣に付き添った。
そして、今も彼は様々な思いを巡らせた結果この現場に立ち会っているのだが、どうも彼のボスはフーゴの心労を知ってか知らずか手短に事を済ませようとしていた。そういえば、ナランチャのときもミスタのときもアバッキオのときも、結局、短気なフーゴは優しく教えてやるのが面倒になって、自分の力でなんとかしようと短絡的な対応をしてしまうのだった。

「という仕事なんだけど。大体わかってもらえた?」
「バッチリ」

嘘をつけ。
フーゴは目の前のあどけない、とぼけた顔をした少女を見つめながら心の中で力強く叫んだ。ティーカップの華奢な持ち手をちょこんとつまんで、口元は全部カップに隠れている。紅茶をすするのをやめないまま、その少女、ナマエは胡散臭げなフーゴの視線に気がついた。

「ん?」
「フーゴ、わかってもらえたようです」
「いやいやいやいやいや……」
「んー」

ジョルノの説明は、無駄を省き非常に簡潔でありながらナランチャでもわかる、完成されたものだった。が、この少女は誰が見ても一目でわかるいわゆる脱力系で、そもそもやる気がないし、おいしいものと楽しいことだけ考えて、あ〜幸せ、そういうヤツだった。フーゴが聞いたところによると彼女はもともとジョルノの学校の友人らしいのだが、この度無事卒業が決まったとかで、数週間ずっと、常においしいものが与えられるパッショーネの本部に入り浸りっぱなしなのである。
ナマエはカップのふちに口をあてたまま、ジョルノとフーゴに向かって空いた手でヴィクトリーのサインを作って見せた。
フーゴはそちらを見ないようにして、苛立ちを隠さずに続けた。

「そもそもナマエに相談役なんて勤まると思うか?」
「ナマエは優秀ですよ。ぼくが保証します」

ジョルノは涼し気な顔でなんの淀みもなく言った。
フーゴがちらりとナマエを見ると、よっしゃ、とばかりにVの字を二度こちらに突き出している最中だった。口はカップの縁にあてられたままで、熱い紅茶をじわじわと口に入れている最中らしかった。

「……僕は何もナマエが無能だとか能天気で平和ボケした一般人だとかただのごくつぶしとか、何もそこまで言うつもりはないぜ」
「言ってるじゃあないですか」
「マジな話、相談役だなんてさ……スタンド使いじゃない彼女の存在を組織の人間に知られるのは君自身の弱みを晒すのと同じことだ。もし抗争なんか起これば真っ先にナマエが危ないめに合うことになる。ナマエ、お行儀が悪いからカップを置いて」
「そうなの?」

ナマエはとにかく大変な面倒くさがり屋で、常に省エネモードでしゃべる。
そして、フーゴはきちんとナマエ言語を理解できる数少ない理解者だった。

「そんなの当たり前だろ。ジョルノの座ってるその椅子を狙ってるヤツがイタリア中にわんさかいる」
「ほォーん」

フーゴは、またイラッとした。
勘違いしないでもらいたいのだが、フーゴはナマエのことを嫌ってはいない。彼女の外見的な可愛らしさにむしろ年頃の少年らしい恋心を覚えてすらいる。すなわちこれは彼にとって、大事な人の命に関わる、大事な話なのだ。フーゴはジョルノの気まぐれが改められることに淡い期待を抱き、それが叶わなければせめてナマエに真っ当な危機感を芽生えさせるべく、純粋な使命感を抱いて同席したのだった。
なのに、目の前にいる当の本人は、寝ぼけたヤギみたいなブサイクな顔をしてティースプーンをベロベロ舐めていた。

「バカにしてんのかテメー」
「お砂糖が……」
「ぼくは心配ないと思ってますけど、じゃあフーゴがそばについててあげればいいんじゃないですか」
「そんなの当たり前だろ!」

フーゴは、ジョルノが『過保護だなァ〜コイツ』と言いたげに無表情のまま軽く天を仰いだのにもめげずに続けた。

「そこらのチンピラにどうかされるつもりはないが、スタンド使い同士の戦いになればパープル・ヘイズはナマエを巻き込みかねないし。ナマエに仕事を与えるのは構いませんが、しっかり自分の身を守る意識を持ってやってもらわないと。誰かが体術を教えるとか」
「私フーゴ信じてるから大丈夫」
「そーゆー頭から他人任せなのが頼りないんだ」

ナマエは、ふーんそっかと気のない返事をしながら向かいに座るフーゴのティーカップに砂糖をどばどば入れている。

「……『ゴッドファーザー』見たことあるだろ?」
「ごめん、ない」
「ナマエには無理でしょう、長いから」
「…………」
「フーゴ、ナマエなら大丈夫ですってば。それにフーゴはナマエに気に入られてるから、フーゴがついてるならぼくはもうすっかり安心ってとこです」

ジョルノはそう言って優雅に砂糖の入っていないダージリンを口にすると、『トトロ』でも見ますか?と退屈そうなナマエをそそのかした。ナマエは「バカにしすぎ!」と弾けたが、すぐに席を立ってビデオデッキのあたりをガチャガチャやり始めたので、フーゴはひとり相撲をますます自覚させられるような気がしてソファの背もたれにどっさりと沈み込んだ。
おれは気に入られてるんじゃなくって手下か何かだと思われてるだけなんだよ。フーゴは心の中でそうつぶやきながら、ナマエと自分のティーカップを彼女が見ていない隙に素早く入れ替えた。

「まあ、でも、言い出したのはアバッキオなんですけどね」
「アバッキオが!?」

声の裏返ったフーゴを、ジョルノはちらりと見た。

「働かざる者食うべからずとか言って。根がまじめだから」
「アイツはナマエの周りが右往左往してるの見て面白がってるだけだ……」
「そうか。じゃあぼくも同じ気持ちかも」

ジョルノは「アバッキオと気が合うなんて珍しいな」と続けたと思ったら、フーゴを相手にしないまま隣の部屋のナランチャとミスタを呼びに行ってしまった。

「トトロ、ないなぁ……」

ナマエはビデオデッキに向かってとても残念そうにつぶやいてから、顔の半分だけをフーゴの視線を感じて後ろに向けた。が、無言のフーゴから『今日は甘やかさないぞ』という強い意志を感じたのか感じなかったのか、探すのをあきらめて彼の正面のソファに戻ってきた。

「怒んないでよ」
「怒ってません」
「怒ってるじゃ〜〜〜〜ん」
「もういいです。ボスの決定は絶対なので」
「敬語敬語〜」

ナマエはそうおちゃらけて目の前のティーカップをとり、口元に持って行った。
ナマエが勢いよく口に入れた紅茶をそのまま部屋にまき散らしたのはその直後だった。正面のフーゴはしたたかにそれをかぶり、さすがのナマエも「ヤバイ」という顔でびしょ濡れの彼を見ていたのだが、キレ出すとばかり思っていたフーゴはそのまま黙って立ち上がり部屋を出て行ってしまった。ナマエは安心したような拍子抜けしたような微妙な顔で、静かに閉められた扉を見つめていた。







20181031
寝ぼけたヤギみたいな顔っていう表現が気に入ってます!!



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