コートの前を合わせて、寒さに耐えていた。耳と頬と鼻が刺すように痛んでいる。指先は絶え間無く吹き掛ける息のお陰でなんとか感覚を保っているが、家を早くに出た事を後悔した。急いで履いた新しいブーツの先に小さな真新しい傷が付いていたからだ。時計を見る。まだ約束の時間まで十分余りあった。

薄いタイツで覆われただけの内股に、冷気がぞわりと昇ってくる。思わず両肩を自分の手で抱えた。

プロシュートはいつも、時間ピッタリに来る。
冬、きゅっとロングコートのウェストを絞ったその姿は遠目からだと女性にも見える。近付いたって初対面の人は一瞬戸惑う筈だ。肩幅や背中が広い意外は本当に、プロシュートは女性らしい。そして、そこら辺の女性より綺麗だ。そこは、そこだけは私も認めている。

あと五分。寄り掛かっていた柱から体を離して、コートのポケットに手を突っ込んだ。さっきから、手袋の効果を全くもって感じられない。

落ち着かない。一度しまった左手首を目の前に出した。一分でも遅れたら文句を言ってやろうと朝、時間をぴったりに合わせてきた腕時計は焦れる私を嘲笑うかのようにゆっくりゆっくり動いた。夕べ降った雨のせいで地面の色が少し濃くなっている。

プロシュートはどっちから来るだろう。いつもと違う場所だから、予想が付かない。プロシュートの家はどっちだったっけ?きょろきょろと、ちらほら人のいる通りを見渡す。

……隠れてみようかな。
いつも、待ち合わせ場所に到着するのはプロシュートより私の方が早い。もし私が自分より遅かったら、プロシュートはどんな反応をするんだろう。とても大人しく待てるタイプとは思えない。私がいないと分かった瞬間に帰ってしまうだろうか。

そうなったら、急いで引き止めれば良いだけだ。あと二分。待ち合わせ場所のすぐ近く、ちょうど良い路地を見つけて、私はそこに滑り込んだ。顔を出したらすぐ見つかってしまうから、時間までは奥の方で大人しくしていることにする。

最低でもデコピンを甘んじて受ける覚悟で、私は路地のじめじめした壁に寄り掛かって時間を待った。
あっち方向から来るなら、そこの道は通らない。それを祈って、私は腕時計をじっと見つめる。指が冷えてきた。



静かな通りにこつこつと乾いた靴音が響いて、私のいる場所から少し向こう側で止まった。
思わず口角が上がる。ベネ。あっちから来たんだわ。

足音が立たないように壁を伝って、待ち合わせの柱をそっと覗く。ちょうどプロシュートが向こうを向いた所だった。
ほとんど日替わりと言ってもいいコートが今日は黒だった。ウェストが今日は絞られていなかったが、確実にあれはプロシュートだ。いつも通り引っ詰められたブロンド。冬くらい解けば良いのに、と思う。少し長めの襟足が首の辺りを暖めてくれるはずだ。
ブロンドと黒の組み合わせに見とれるのは後回しにしよう。今は、プロシュートの行動を観察する良い機会だ。こんな事、滅多に無いし出来ない。

が、私の目論みはあっさりブチ壊された。鞄の中のからぴりりりりと、デフォルトのままの電子音が鳴ったからだ。
慌てて顔を引っ込めて、鞄をひっくり返さんとする勢いで漁る。なんてこと、マナーモードにするのを忘れてた。プロシュートが私に電話をして来る事なんてごく簡単に予測出来た筈なのに。やっと掴んだ携帯電話の赤いボタンを押すより先に、すぐ近くでぱたんと音がした。



「………………チャオ」
「チャオ、アモーレ。いい度胸してんじゃあねえか」
閉じた携帯をポケットに押し込んで、プロシュートがこちらへつかつか歩み寄った。口角を片方だけ吊り上げて、携帯を手に持ったまま固まっていた私を壁際に追いやる。背中が受けた固い壁の衝撃に思わず目をつむった。が、デコピンもつねりも来ない。恐る恐る目を開けようとした時、ちゅっと可愛い音を立てて綺麗な顔が真っ正面に来た。
にやり、形の良い唇が歪む。

「決めた。ナマエ、お前は今日俺の家に泊まるんだ」
「………………なんでよ?」
「言って欲しいのか?」
「…………………」
曲げていた腰をのばして、プロシュートは呆ける私をほったらかしで表通りの方へ長い脚を運んだ。狭い路地がまるでランウェイだ。
慌てて後を追い掛ける。プロシュートはそこらへん容赦無いので、ボサッとしてたら簡単に置いて行かれてしまう。隣に並んで、早足で歩く。

「明日もな」
「あ?」
「泊まれ」
「………………あー、はいはい。すいませんでした」
「別に謝罪を求めてるワケじゃあねえよ。俺は根本的な原因を除こうとしてるだけだ。分かるか?」
「……何それ?」
プロシュートを見ずに尋ねた。多分、プロシュートもぴしっと背筋を伸ばしてまっすぐ前を見ているんだろう。
「一緒に暮らせばさっきみたいな悪ふざけできねえだろ」



思わず立ち止まった私に、今日ばかりはプロシュートが振り返った。いつもの澄ました顔で、ポケットに手を突っ込んで、どこの雑誌の表紙だ、これは。このクソ寒いのに顔だけが少し熱くなる。
「……………うちの」
「あ?」
「うちの家賃が……勿体ないじゃない」
プロシュートのお澄まし顔がきょとんと崩れて、次の瞬間鼻で笑われた。私の精一杯の抵抗も虚しく、同棲開始はもう決定事項らしい。いや、抵抗する理由なんか無いのだけど。プロシュートが大股でこちらへ向かってくる。
「それならたまにはお前のうちで寝りゃいい。あの埃くせえベッド綺麗にしとけよ」
私の頭に大きな手を乗せて、ぐりぐり撫でた。それを振り払うよりも早く、またプロシュートは歩き出す。

……なんだかやっぱり、私ってプロシュートに振り回されっぱなしじゃあない?

また駆け足でプロシュートに追い付いた。長いまつげがこちらをちらりと見て微笑んだのを見ないようにしながら、すれ違った女の人に見せ付けるようにプロシュートの腕に自分の腕を組ませた。


20090723

タイトル:にやり

わーい書いたぞー
4444リク下さったみやさんへ。
こんなんですみません。明らかに季節外れですが兄貴にコートを着せたかったんですすみません。ご期待に沿えたでしょうか。
リクエストありがとうございました。嬉しかったです
いくらイタリアーノが時間にルーズとはいえデートには遅れないんじゃあないか……?いや、どうかな……兄貴は遅れそうになっても急がなそう





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