「ジョルノって結局のところ、何者なの?」
「私だってよくしらないよ」

 言うなりパンを頬張った友達にそう投げて、私は頬杖をつき直した。ほっぺたをいっぱいに膨らませてううんと唸る女子よりも、窓の外でランニングをするブラスバンド部のほうになんとなく目がいってしまう。今日はムカつくくらい、晴れていた。本来安全圏であるべきの校内も、大きな窓からいっぱいに入り込む日光のせいで、(あと職員室の先生たちが冷房代をケチってるせいで、)眉を顰めっぱなしになるくらい熱かった。

「ていうかだからさあ、なんでそれを私に聞くワケ?」
「ナマエがジョルノの話始めたんじゃない」
「うっそお」
「最近あんた記憶喪失激しいよね」
「そうかなあ。なんて言ってた?私」
 なんて言ってたもなにも、とごもりながら、大きいままのパンの塊を無理に飲み込む。
「ジョルノ気になっちゃうなって」

 ブラスバンド部にいるうちのクラスの子が、後輩を追い立てていた。どうだっけ、たしか、副部長とかやってるんだったっけ。なんとかリーダーだっけ。帰宅部の私には、そこらへんいまいちわからない。そういえば、ジョルノも帰宅部だったっけ?

「……だれが?」
「あんたが」
「誰を?」
「ジョルノを」
「……そんなこと言った?」
「もう!言ったってば」
「やだちょっとごめん!投げないでよ!まあでも、カッコイイけどね。でもジャッポーネなんじゃなかったっけ?」
 一瞬でくしゃくしゃに丸めた空き袋を的確に私の顔に向かって投げてきた美術部は、完璧に上の空の私に腹を立てているらしかった。でもそんな友人のことよりも、ジョルノと、そのジョルノを妙に気にする私についてのほうが気になる私は、それ以上文句を言わず、広がって床に落ちた袋をもう一度丸めて椅子から立ち上がった。ごみ箱はドアのすぐ近くだ。
「うげ……ジャムついた……手に」
「あっごめんごめん」
「いやあ別に……」
 私が悪いんだしさと心の中で付け加えて、手のジャムはそのままにとりあえず、ごみ箱へ向かうことにした。直線距離にして約……何メートルだろう、わからない。少しも遠くない。
 
「あ」
 思わず気が逸れたせいで、かさりと音を立てて袋は床に落ちた。そちらを反射的に見てしまったせいで、ドアの外に一瞬見えた金髪を見失った。私は慌ててドアを開けて、金髪を尾けることにする。後ろから聞こえたハスキーな声は聞かなかったことにした。

*

 今朝のHRの時にはまだ学校にいなかったジョルノは、何時間目に来たのかわからないけれど、鞄は持っていなかった。確か寮住みだから置いてきたのかもしれない、それか、教材をロッカーにいれてるとか。さまざまな憶測をぐるぐるぐるぐると活発にめぐらせながら、運動場をさわやかに横切るジョルノを黙々と尾行した。昼休みが終わりかけているようで、ブラスバンド部とサッカー部はもう引き上げ始めている。ジョルノはどうやら、午後の授業に出る気もないらしい。
 『ジョルノって結局何者なの』という友人の質問や私の疑問は、的確なのだ。ジョルノは普段何をどうやって生きてるのか、何を考えてるのか、そもそもホントに私たちと同い年なのか、そこらへん、ちゃんと突き止めなくっちゃいけないという使命感を抱いて、私は運動場の固い砂を静かに静かに蹴る。

 ジョルノはきびきびと方向を変え、校舎の角を曲がり消えた。そうっと近づき、陰から向こうを覗く。

「……ん」

 なんだ、あいつ歩くの速すぎだろ。今曲がったばっかりなのに、何故いない。もしかして、つけられていることに気が付いて、走っていってしまったのだろうか。悪いことをしたような、悔しいような、複雑な気持ちになった私は、ひんやりした白い壁に手を当てたまま呆然とする。




「ねえ」
「おお!?」

 予想以上に近くで聞こえた声に思わず飛び上がった。
 聞いた事の無い声だった。高等部の先生だったら叱られる。でも、妙に若い声だったような気もする。飛び上がってすぐに辺りをきょろきょろした私がこうやって考えてしまったのは、声の主らしき人物がどこにも見当たらなかったからだ。

「君、何年?なんでついてくるの?」
「え?どこ?」

 さあどこかな、と言ったのは、やっと見つけた遥か頭上のジョルノだった。
 ジョルノはやはり私の尾行に勘付いていたようだが、そのまま走って逃げたのではなく木に登って待ち伏せを謀ったのだ。かしこいなあ……でもサルみたいと感心しながら、ぼけーっと上を見る。
 ジョルノの癖のある髪がそよそよと揺れていた。そういえば、少し涼しい。木陰にいるからかもしれない。

「ねえ、こんな木あったっけ?」
「うん。で、なんでついてくるの?」
「あ、えっと……うーん、どこに行くのかなって思って」
「何年?」
「三年」
「ついてくるつもり?これからも?」
「え?うーん……どうしよっかな」
「…………」

 ふっとジョルノが落ちた。私が、ああ!と叫んだのは無駄だった。ちょっとした段差を飛び越えたみたいにふわっと着地したジョルノは、ぱんぱんと裾を払って私にチラっと一瞥をくれてから、またきびきびと歩き始めてしまった。うーん、これは許可?それとも無視?遠ざかっていく背中に尋ねることもできず、仕方がないので……他人の振りをしたまま静かについていくことにした。後ろでチャイムが鳴った。

*

 ジョルノは、バールに立ち寄ってみたり、ベンツにべたべた触ってみたり、女の子に囲まれたりしながら、結局は飛行場の裏のベンチへたどり着いた。邪魔をするのは悪いな、と思って距離を開けてつけていたのだけど、そろそろお腹が空いてきた。そうだ、パンひとつしか食べてないものな。
 
 ベンチにするりと腰を下ろして、ジョルノは女の子に貢がれた包みをごそごそといじっていた。さっぱりした空き地だ、私がジョルノの正面数メートル先でジーッとそれを見ているのをジョルノは無視している。
 ピンクに白い水玉の包み紙は、思いのほか雑に開けられた。テープが剥がれきれず袋のまん中に穴が開く。ジョルノは無言のまま、さらにその中の透明な袋をびりびり破いて、淡い色のクッキーらしきものを口に運んだ。こりこりという音が聞こえそうで聞こえないようでちょっと聞こえる。小さな口が動いているのはちゃんと見える。

 噛むのをぴたりと止めて、ジョルノがこちらを見た。

「ねえ、君」
「ん?」
「クッキーいる?」
「いいの!?」
 
 返事を聞くより先にベンチへ駆け寄ってジョルノから袋を受け取りおいしそうなクッキーをぽいと口に放り込んだ。五秒足らずでだ。帰宅部最速の名は伊達じゃない。

 ……ところが、数回噛んでから、あり得ない違和感を感じてジョルノを見る。

「……味がない」

 ジョルノは無表情にどこか遠くを見つめている。なんてやつだ。 まずいクッキーを押し付けられたわたしは、ジョルノにクッキーを渡したあの女の子がなかなかの美少女だったことを思いだしていた。でもわたしはみんなが思っているよりもグルメなので、それ以上口を付けることなく、そっとジョルノの向こう側に袋を置く。ジョルノは遠くを見つめたまますぐにその袋をわたしの膝へ戻した。なんてやつだ。

「……いらない」
「わがまま言うなよ」
「ジョルノがもらったんじゃん」
「誰でもいいんだ。あの人たちは」

 えっそうなの。というとジョルノは、うん。と短く言ってクッキーを手に取った。なんだ、持って帰ってくれるらしい。

「名前、聞いてもいいかな?」
「おんなじクラスなんだけどな。ナマエっていうの」
「ぼくになんか用?」
「えっ」

 尋ねられて言葉に詰まる。確か尾行を始めた頃にはたくさん聞きたいことがあったはずなのに、それらはすっかり頭からすっぽ抜けていた。数十分の間ジョルノについてまわって、わたしの興味はジョルノのちょっとしたプロフィールからもっと詳しい『生態』のほうへ移ったのだと思う。用という用はないんだけど……とぼやくとジョルノは無表情のままぐいと腰を曲げてわたしの顔を覗きこんだ。息を止めて大きな目を見つめ返す。


「ま、好みの系統ではある」
「ん?」
「じゃーね」
「え、顔?」

 顔が好みの系統ってこと?わたしがちゃんと聞けないうちにジョルノはすっくと立ち上がってすたすた行ってしまった。心なしか、さっきより歩調が早い。なんとなくついていく気がそがれて呆然とベンチに座ったままのわたしの視界に、さっきのクッキーの袋が入った。なんだ、置いていったんだ。明日寮へ届けに行ってあげようかな。行ってもたぶん、嫌な顔はされないような気がした。顔の話は俄かには信じ難いにしろ、それ以外で考察してみるとジョルノは表情意外はとても正直な男子のようだったからだ。

 クッキーの袋が突然がさりと動いた。驚いてベンチから降りてしまったけれども、気のせいとしか思えないので、気にしないことにした。学校に戻るか今からジョルノを探すか、迷っているとまた袋が動いた気がした。


2011/06/24

title:アネモネ

ためぐちムズい
でもためぐちのジョルノは不思議ちゃんイメージがあります





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