数人分のおぼつかない足音が、深夜のマンションの廊下に反響する。大柄な体格の男を中心に、その両脇を細身の男二人でなんとか支えながらふらふらと歩いているのだ。時折右へがくんと揺れたり、左へ崩れそうになったり、そのたび両脇から小さく悲鳴と非難の声が上がる。

「…っほら、着きましたよ。鍵出してください!」
「うんん〜?」

一行があるドアの前に立つと、太い左腕を首に乗せ、なんとか半身を支えている線の細い男がそう言った。中央の大柄な男はかなり酔っているようで、赤らんだ顔をしまりなく弛めながらもなんとか右腕を下ろしポケットを探る。太い腕が強引に動いたため、右側を支えていた初老のタクシー運転手はバランスを崩しあわや転倒しかけた。

「ん〜」

唸り声のようなものを発しながら掲げられた鍵を受け取り、左側の男が慣れない手つきで開錠する。ガチャリと開くと同時に、二人がかりでなんとか玄関口に辿り着いた。

「それじゃあ、あたしはこれで。ご利用ありがとうございました!」
「えっ、ちょ…!」

やっと解放されるといった安堵を顔に浮かべ、運転手は帽子の唾を持ち上げ会釈すると逃げるように立ち去ってしまった。限られた勤務時間に加えサービス労働もたまったもんじゃないのだろう、しかし190cm近い巨躯を一身に任せられた青年こと折原臨也は、あっという間にバランスを崩した。そのとき、何を勘違いしたのか酔っ払いは、傍らの白く滑らかな頬にぶちゅうと口付けをしたのだった。

「ん〜、ありがと〜」
「ひっ‥!」

生理的嫌悪が全身の肌を粟立たせ、臨也は反射的に思い切り頬をひっぱたく。「ぶふっ」という間抜けな声と共に、二つの体は折り重なるようにしてけたたましい音をあげて廊下に倒れた。
強かに背中と後頭部を打ち付けてくらくらする。何度も瞬きをし、首を振ってようやく頭を起こした臨也は、息を切らしてのしかかる巨漢の下からなんとか這い出した。

はぁはぁと乱れた呼吸を落ち着かせながら、床に座り込んだまま崩れるように背中を壁に預け、細い肩を上下させる。気分はあまりどころか大分よろしくない。忌々しささえ籠もる目で、臨也はいびきをかく赤林のだらしない寝顔を見下ろした。


今夜は、いつものように赤林からの誘いで二人はとあるレストランで食事をした。勿論目的は高級創作料理よりも踏み込んだ会話のためだったが、幾分砕けた間柄になってきたためか、赤林は元々好きなのだろう酒も楽しんだ。二人が会うようになった当初から赤林は酒を口にしていたが、泥酔するまで飲んだのは初めてだった。かなり強いと聞いていたのだが、こんな面倒になるとは、と臨也は早々に帰らなかった数時間前の自分を責める。

臨也は面を上げ、改めて部屋を見回した。一人暮らしには充分な広さのモダンな造りに、男性的な調度品が配置されている。モノトーンでシンプルな四木の部屋とは違い、派手な色使いや露骨なアンティークも見受けられた。
臨也はゆっくりと立ち上がり、壁一面の大きさの窓に歩み寄る。暗褐色のカーテンは半分開いていて、ガラス越しにビルや信号機の明かり、車の赤いライトなどの夜景が広がっていた。

ほっそりとした後ろ姿が、窓際に立って街を見下ろす。その顔には珍しく普段の微笑はなく、どこか物憂げな呆れたような表情を浮かべている。

「…」

静かに玄関口を振り向くと、相変わらず廊下に転がりいびきをかく男の姿が見えた。コートのポケットから携帯を取り出し画面を確認すると、時刻はもうじき深夜1時になろうとしている。臨也は左手で口を覆いながらあふ、と欠伸を漏らし、目元に滲んだ涙を細い指先で拭った。

(帰って、シャワー浴びたい…)

柳眉を顰め、腕の匂いを軽く嗅いでみればやはりウィスキーと赤林の香水の匂いが移っている。うんざりとした顔をして、臨也は玄関に向かって足を踏み出した。




「……」

パタン、という扉の締まる音の後に、ぴたりと地響きのようないびきが止まる。サングラスの下で目蓋が持ち上がり、赤林はのそりとその図体を起こした。

「介抱はしなくても、意外に面倒見はいいんだねぇ」

いつも澄ました面をしている情報屋の姿を脳裏に描き、可笑しそうにクックッと笑うと、赤林は鼻歌を唄いながら立ち上がった。




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