妖狐×僕SSパロ
九十九屋の外見捏造

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――――春。

淡い桜色がはらはらと風に舞い、柔らかな水色の空と重なる。暖かな3月の陽気のある日、ここ、メゾン・ド・章樫――通称妖館(あやかしかん)に、一人の黒髪の少年が足を踏み入れた。



「お、臨也じゃないか。着いたんだな」

丁度外から帰ってきたこの館の住人門田京平は、懐かしい姿を認めて声をかける。それにくるりと少年が振り向くと、艶やかな黒髪がふわりとなびいた。

「なんだ、ドタチンか。久しぶりだね」

気の強そうな紅味の強い瞳に、なめらかな白い肌。華奢な体つきに反するように、臨也と呼ばれた少年はプライドが高そうなつんとした笑みを浮かべた。

「相変わらず無駄に悪態をついて、自己嫌悪か?」
「なんのことかな?」

旧友の変わらない様子に苦笑した門田だったが、ふと臨也が押している台車に積まれた段ボールに目を留めた。その数は小さめの物が4、5程度で、一人暮らしをするらしい人間の持ち込む荷物としては随分少ない。

「荷物、それだけか?」
「ああ、業者に頼んだんだよ」

なるほど、と相槌を打つ間にも、臨也はカラカラと台車を押して歩きだした。同じマンションに住むために、門田もごく自然に後を追う。

二人が近づいていくと、徐々にそのそびえ立つ様相があらわになる。妖館は、選ばれし者のみが住むことができる最高級マンション――表向きはそういう事になっている。
臨也は玄関をくぐりながら、真っ直ぐに前を見据えていた。

(俺は、ひとりになるために、ここにきた)




エレベーターで上に昇り、目的の階に着いて臨也だけ下りる。別れ際、門田は気のよさそうな笑みを浮かべて言った。

「俺は三号室だから、なんか困ったら声かけろよ」
「わざわざご足労どうもだね」

つんと顎を上げて謝辞を述べる臨也の、捻くれたなりにお礼を言う姿に門田はやれやれと保護者のような表情で息を吐いた。


扉が閉まり、臨也は廊下に視線を移す。すぐに、4のプレートが飾られた木製のドアが目に入った。
よいしょ、と台車を引いて、方向を変えようと舵をきる。が、慣性の法則によって、段ボールの一つがドサリと絨毯に落下した。

はぁ、と溜息をついて、それを拾おうと屈みこむ。両手を滑らせていざ持ち上げようとすれば、重量のある荷物だったようでうんともすんとも言ってくれない。

「んっ…く…」

しかし部屋の前で立ち往生している訳にもいかず、なんとか台車に戻そうと悪戦苦闘していた、そのときだった。


ふわり、と、まるで風に浮き上がるかのように段ボールが床から持ち上がった。

(え…?)

臨也がぱちりと瞬くと、優しい春の風が開いた窓から入ってきて、ぶわりとカーテンを膨らませる。どこからか風に乗って運ばれてきたのだろう、桜の花弁たちが音もなく舞う中で、臨也はゆっくりと顔を上向かせた。


銀色の柔らかそうな髪に、不思議な色合いをした瞳。
それをゆっくりと細めて微笑する男に、臨也は呆けたように口を開いたままただ視線を捕われてしまう。


まるで2人のいる空間だけが時間が止まったかのように、互いの視線が交差する。


(…あ、)

実際の時間にして何秒だったのか、はっとなった臨也は取り繕うように慌てて立ち上がった。

「ありがとう、と言うべきなのかな」
「いいえ」

テノールのやや低い声はひどく耳に心地よい。男は軽々持ち上げた段ボールを、元通り台車に乗せて言った。

「そのような勿体ない御言葉は、不要でございます」

そうして柔らかな物腰で臨也の前に跪くと、深く頭を下げて言葉を続ける。男は黒い、タキシードのような執事服のような格好をしており、すっとした長身には実に様になっていた。

「お会いできる日を、心待ちにしておりました。…臨也様」

面を上げた男の端整な顔立ちよりも先に、目に水分が浮かんでいるのに気付いた臨也はぎょっとして後退る。しかし男は感極まったような恍惚とした表情を崩さずに、真っ直ぐに臨也を見つめながらこう言った。

「本日から臨也様の生活の安全をサポートさせていただきます、九十九屋真一と申します」
「…君は、シークレットサービスか。俺は契約はしていないんだけれど」

ようやくこの謎の男の正体が分かり、臨也は少しだけ安堵の息を吐く。ここに住む者は一人に一人のシークレットサービス、即ちボディーガードのようなものが付くという話は事前に聞かされていた。しかし臨也はそのときにちゃんと断っていたはずだ。

「…不要、ですか」
「ああ」
「では、」

キッパリと答えた臨也は、これでこの男は立ち去るだろうと思っていた。しかし銀髪のSSは膝を折ったまま、どこからか長い刃物――脇差のようなものを取出し、恭しく黒手袋をはめた両手で捧げ持ったのだ。


「どうぞ、御処分下さいませ」
「はあっ?」
「俺は臨也様のために存在しておりますので、臨也様が不要とおっしゃるのでしたら、この命は当然不要なので」
「なっ、自分を大事にしろ!」

臨也は思わず素になり、刀を放り出してしまった。そんな臨也の台詞と行動に、九十九屋と名乗った男は更に感銘を受けた様子で、身を乗り出すようにして近付きながら臨也の手を両手でがしっと握った。

「なんという優しい御言葉…!」
「…わっ」

九十九屋は恭しく臨也の手を掲げると、あろうことか、その白い甲にしっかりと口付けを落とす。臨也の瞳が、驚きとショックで見開かれた。

「…貴方は俺が思っていた以上の方だ」

俯きがちになっていて表情は見えないが、ふと九十九屋の声が1オクターブほど下がったような気がした。

「どうか俺を、貴方のしもべに――いいえ、」

九十九屋は両手で臨也の手を握ったまま腰を上げると、その耳もとで低く囁くようにこう言った。


「…犬にして下さい」







メゾン・ド・章樫、通称妖館。

この九十九屋真一という男との出会いが、臨也のこの要塞での波瀾万丈な暮らしへの幕開けとなる。




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