※女装(?)ネタ含みます






「う…」

重い目蓋を何度か持ち上げて、沈んでいた意識の淵から目覚める。同時に後頭部のどこかに痺れるような痛みを感じて、臨也は秀麗な顔を顰めた。
寝かされていたらしいソファーから身を起こしたとき、はっと違和感に気付き目を見開く。

「なっ…なにこれ?」
「天女の羽衣だ。気に入ったか?」

間髪入れずにすぐそばから聞こえた返答にびくっとして振り向くと、人の家のリビングで優雅にソファーに腰掛け茶器を傾ける商売敵の姿があった。寝起きとあまりの唐突さにぽかんとしていた臨也だったが、己の奇怪な格好をねっとりとした視線でなぞる九十九屋にかっと眦を吊り上げた。

「勝手に人の家に入るな!というか、いつのまに…っこの変な服はなんなんだよ」
「二度も言わせるなよ折原。天女の羽衣だ」
「て…」

テンニョノハゴロモ。
暗号のように臨也の耳から脳に届いたそれは、ややあって天女の羽衣と変換処理された。臨也は見開いた目でまじまじと己の体を見下ろす。

「…どうして俺が着てる」
「俺が着せたから。思った通り、よく似合うよ」

そう言って微笑う九十九屋に、臨也は口をぱくぱくさせていたが、やがて褒められたことに気付いて妙な居心地の悪さにふいとそっぽを向いた。

「ばっかじゃないのか、おまえ」
「そんな赤い顔で言われても痛くも痒くもないな」

赤くない、と臨也はぼそぼそ反論したが、己の頬が先ほどから熱を持っているのは分かっていた。ニヤニヤと見下ろしてくる九十九屋の様子から、赤くなっているというのは間違いないのだろう。それでも臨也の元来の意地っ張りさは、その持ち主を素直にさせるのが難しい。

「…そばに寄るな、変態」

臨也は吐き捨てるように言って、距離をとるために立ち上がった。それに倣うように九十九屋も腰を上げたので瞬時に警戒したが、苦笑しながら臨也の横を通り過ぎる。そのまま窓際に向かい、そこから展望できる街並みを見下ろしているようだった。

拍子抜けしながら、臨也は改めて己の体を見下ろす。水でできているような艶やかな絹の衣裳は、臨也もよく知らないが昔話に出てくる天女が身に纏う衣にとてもよく似ていた。

確か先ほどまでこのリビングで四木と携帯で会話していたはずだ。臨也は眉根を寄せて記憶を辿る。その通話を切ったところで、首にちくんと痛みを感じたのだった。視界が暗転し、そこからは覚えていない。


臨也は恐る恐る、自分を包む心許ない布に触れてみた。するとその生地が思いの外滑らかなことに少しだけ驚く。
そんな臨也の仕草を、いつの間にか窓に背を向けていた九十九屋は愉しげに鑑賞していた。その視線に気付き、臨也は困惑したような表情を浮かべる。


自分は天使だとか天女だとかいうガラではないと思っているし、そもそも男なのにこんな格好をさせられるという屈辱に耐えられそうもなかった。けれど、ちらりと見上げた先にある商売敵の顔が弛んでいて、それが本当にばかばかしいことに愛しそうな目をして見つめてくるものだから、臨也は甘んじて受け入れているのだ。

「そもそもどこに売ってるんだよ、こんな服…」
「細かいことはいいんだよ。肝心なのは似合うかどうかだ」
「そうなのか?」

臨也は不安げに九十九屋の落ち着き払った顔を見た。悔しいが情報力においてこの男は自分なんかよりずっと上だと臨也も認めているので、自分の知らないことを言われれば反論する術がない。しかし街を愛しているなどというおかしなアイデンティティーと、いつも自分に対して意地悪な性質の悪さをも臨也はよく知っているため、半信半疑ではある。小首を傾げながら、眉を寄せて赤いくちびるをとがらせる臨也を、九十九屋はやっぱり可愛いなこいつ、と本人が聞いたら憤慨しそうな感想でもって眺めていた。

「…まぁいい。それで、一体どういうつもりなんだ」
「地上に墜ちた天女はその後どうするか知ってるか?」
「…?怪獣に食べられる、とか」

臨也の答えを聞いて、九十九屋がすっと顔をそらす。その肩が微かに震えているのに気付いて、臨也の白い頬にかっと朱が上った。

「なに笑ってんだよ」
「いや…、正解はな」

口元を軽く押さえながら振り向いた九十九屋だったが、手を下ろし薄い笑みを浮かべて臨也に近づく。その間、腰に手をあてて不思議そうに自分を見つめる臨也の顔から足先までをじっくりと眺めた。不思議な色合いをした綾はまるで濡れたような滑らかな表面をして、得も言われぬ美しさを以て着る者を包み込む。ほっそりとした臨也の体の線を顕わにしながらも、慎ましやかに彼の体を守っていた。
九十九屋は一歩分の距離を置いて足を止めると、上目遣いに見上げてきた臨也の手をぐいと引いた。軽々抱き上げた体をどさりとソファーに下ろせば、衣が光の波のように色とりどりにふわりと棚引く。目を瞠るうら若い情報屋に覆いかぶさりながら、池袋の主は口端を吊り上げた。

「地上の男と子を成すのさ」

押し倒された体勢と言われた台詞の暗に意味するところに、臨也の聡い脳はすぐに思い至る。何度も赤くなってしまうのが悔しくて、見る見る染まってゆく顔を手のひらで隠しながら睨みつけた。しかしその黒目がちな瞳は甘く潤んで、他のどの部分よりも素直に臨也の本心を物語っている。いつもその口からは捻くれたそっけない言葉ばかりが飛び出すが、その実胸の奥で自分への思慕や敬意の情を秘めているいじらしさに眩暈を覚えそうになるほどだ。

「帰るのあきらめるの早すぎ…」
「そうだな」

屁理屈をこねながらも細い両腕はおずおずと首の後ろに回され、九十九屋は低く囁くように相槌を打ってやりながら、応えるようにゆっくりと形のいい唇に己のそれを近づけていった。











(なんでいきなり子作りに話が飛ぶんだ?まずは食べ物とか探さないのか)

後になって臨也は首をひねったが、とりあえず目下の腰の怠さと尻の鈍痛に気がいって、機嫌よさげな九十九屋に投げ付けようと枕を抱きしめる。



その傍らでは、光の角度で虹色に滲む美しい絹織物が、ひらりひらりと今にも天に上っていきそうな儚さを孕んで、静かに佇んでいた。




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