※明日機組捏造




臨也は粟楠の幹部、四木に飼われている。それはその筋の、ある程度位の上の人間なら周知の事実だ。
そして同時に、粟楠の敵対勢力である明日機組とも懇ろにしている事を、一体何人の人間が気付いているだろうか。





「参りました」
「どうぞ、入りたまえ」

すっと音もなく開いた襖の向こうから、若い男が姿を現す。艶やかな黒髪と白い肌、そして全身を黒い衣装で纏ったコントラストが印象的な、線の細い青年だ。

「失礼します」

彼――臨也は畳の上を進み、檜の立派なテーブルの向こうに座する、着物姿の男と対面するように座った。臨也より十ほど年上だろうか。男は明らかに堅気ではない泰然とした様子で、底知れない柔和な笑みを浮かべている。この男こそ、粟楠と一触即発の状態にある明日機組の若頭を担う一人であった。

「外は寒くなかったかね?」
「いいえ、お気遣い痛み入ります。それで、例の件なのですが――――」





一通り仕事の話を詰めたところで、そろそろお暇するかと臨也が考えたときだ。その空気を察したのか、男も頷いて話を収束させる。

「それでは、ご用件は以上でよろしいですか」
「ええ。宜しく頼みますよ。ときに折原さん、ちょっとこちらへ来ていただけますかね」

にこりと笑いながら指でトントンとテーブルを叩く男に、臨也はぱちぱちと瞬きをする。長い睫毛が音をたてるように上下した。人のいい笑顔だが、指折りの組織の若頭という立場の人間を信用できるはずはない。臨也は内心訝しみながら、平静を装って尋ねた。

「なんでしょうか」
「いやなに、此処に来ていただきたいと言っているんですよ。乱暴な真似はしません」

乱暴な真似をしないと言うのなら確かにしないのだろう。それが男にとっては乱暴な真似ではないというだけでもだ。内心では危険な道を渡りたくはないが、ここで下手に拒否をしてまずいことになると厄介だ。
臨也はじっと若頭の存外整った顔と畳とを見比べ、ありありと警戒しながらもじり、と近付いた。
何を言うでもなくただ臨也を見ながら読めない笑みを浮かべているので、さらにじりじりと膝を寄せる。すると男はさっと両手を臨也の腰に回したかと思えば、軽々抱き上げ己の膝の上に下ろした。

「すみません、一体これは、」
「なに、ちょっとお聞きしたいことがありまして。この間お話した事は考えていただけたんだろうかとかね」

反射的に臨也は男の肩をぎゅっと掴んだが、動じた様子はない。そして紡がれた言葉に、飛び出しかけた抗議の台詞を寸でのところで飲み込んだ。

「あれは…」
「明日機の飼い猫になれば、何かと都合がいいですよ。便利で安全、長いものには巻かれてみてはどうだろう」

まるで愛玩扱いの体勢に不快感を押し殺し、表情には出さずにただ苦笑する。

「私には荷が勝ちすぎると…」
「とんでもない…」

男は薄く微笑しながら臨也の細い腰を引き寄せ、その小ぶりな尻を大きな手の平で柔く揉んだ。びくっと体が跳ねてしまったことに、臨也は内心で舌打ちする。己の体に触れてくる不埒な手に、生理的嫌悪と認めたくはないが僅かな恐怖を感じ始めていた。男の肩を押す細い手に、ぐっと力を籠める。

「あの、こういうことは…」
「知らないなら直々に教えてやろう…この世界で君のような非力で、美しい者が生き抜く術をね」

男は低く囁きながら指を食い込ませ、服越しに臨也の尻の穴をぐりっと押した。


バシッ



反射的で、意識よりも先の行動だった。闇雲にこめかみの辺りを打った平手が小さく震えている。僅かに右を向いた横顔を見ながら、臨也は上下する己の肩を意識して落ち着けようと深く息を吸い、冷静さを取り戻すべくゆっくりと吐きだした。

「…申し訳ありません。ですが、私は誰にもなびきません。あなたに義理立てするつもりはない」
「…ほう」

男はまた弛い笑みを浮かべると、やや乱れた髪に手櫛を通しながらこちらに向き直った。

「成る程ねぇ。若すぎる、後ろ盾もない、腕力もない。いくら業界で一二を争う情報力を有していても、幾らでも代えの利きそうなお前がどうやって生き残ってきたのか、その一端が分かったよ」
「……」

不躾な台詞に臨也の柳眉が顰められたが、長居は無用と判断し、男の膝上から降りようとする。距離をとるために肩に置いていた手に体重が乗った次の瞬間、ぱっと両の手首を掴まれた。さっと臨也が男に向き直る。悠然とした笑みの上でうっすらと細められた目と、かちりと視線が合わさった。

「おいおい、まさか俺がドタマはたかれて怒らないとでも思ったか?」

さっと手を引こうとしたがびくともしない。臨也は両手とも塞がれている為にナイフを取り出すことができないと悟ると、一転話術で隙を作ることにした。

「あなたが器の小ささを見せれば、明日機組の評判に泥を塗ることになるのでは?」
「面白い言い回しを使うな。じゃあ安心するといい、ここからはプライベートとしよう」

そう言って、男はにこりと笑った。



→続




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