新宿のとある裏通りに、車高の低い高級車が停車している。スモークが貼られていて中はよく見えないが、一見して一般の人間の所有物ではないと分かる雰囲気を漂わせていた。
その車内にて、後部座席で隣り合って座っているのは、十代後半から二十代半ばほどの綺麗な青年と、厳しい面差しをした壮年の男だった。
「…概要は以上です。詳しくはこちらに」 「わかりました」
そう言って細い手で用紙を受け取った臨也は、早速その文面に目を通し始めた。その様子を眺めながら、四木は白いスーツの上着の胸ポケットから煙草を取り出す。
「今回は少々危険な仕事になります。何か言い残しておきたい人間がいれば言っておいた方がいい」 「あ、それは大丈夫です。俺を愛している人間なんてこの世に一人もいませんから」
あっけらかんと言われた台詞に、四木は煙草に火を点けようとしていた手を一瞬とめたが、気付かれないほど滑らかに動きを再開した。カチンと高級ライターの小気味よい音が車内に響く。
「…そうなんですか?」 「はい」
臨也は依頼書を手にとり、丁寧に文字を目で追っていく。少しだけ遠出をすることになりそうだ。今回は単独ではなく四木に付いていく形だそうだから、足諸々は気にする必要はないだろう。
「では、あなたと関わる人間はどういった連中なんです」 「大抵は様々な用途で俺を利用します。原因に、あるいは結果に。そう誘導する場合もあります。あとは、理想や夢を押しつける人間もいます。稀に、本心からのように好意を口にして、次には飽きて捨てている人間がいます」 「なるほど」 「あなたは一番目ですね、四木さん」
依頼書をめくっていた臨也が顔を上げ、四木と目をあわせてにっこりと笑う。
「折原臨也が最も好きな部類の人間です」 「それはよかった」
四木は目を伏せ深く吸い込んだのち、フーっと紫煙を吐き出す。臨也は慣れた手つきで四木の車の窓の開閉スイッチに手をかけ、うかがうように振り向いた。
「窓開けてもいいですか?」 「…いい加減慣れろ」 「煙草、嫌いなんです。ずっと言ってるのに」 「ガキが」
四木はため息を吐くと、最後に一度吸ってから、車内に取り付けられている灰皿で揉み消した。 嬉しそうに笑う臨也にさっさと読め、と言い置いて、この後の食事にどの店へ連れて行くかを考える。
10年近くも共にしてきた車内のこの空気が、互いにどのような意味を持つのかを口にすることは、きっと一生ないのだろう。
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