「ここに居たのか」


殺風景な、がらんとした部屋に足を踏み入れると、夜を背景に白いレースのカーテンがふわりと膨らんでいた。スローンの探し人はベランダの縁に腰を下ろして枠に凭れ、こちらに丸い後頭部を見せている。
自分と対照的な細すぎる体や、艶やかな黒髪。こんな弱そうな若い男が、粟楠の幹部が手飼いにするほどの実力を持つ情報屋だとは、スローンは未だに強くは信じられなかった。

後ろ姿を見つめながら思考していると、声をかけられた臨也が不意に振り向き、スローンを目に留めて微笑んだ。

「スローンさん。お体の加減はいいんですか」
「問題ない。こんなところで…寒くはないのか」

体を気遣っているようにもとれる疑問を返したスローンに、臨也はことりと小首をかしげた。白く、ほっそりとした首の線が顕わになる。

「日本の夏は初めてですか。あちらの国よりも、ずっと湿度も気温も高い―――つまり、暑いんですよ」
「それは、知っているが」

むしろ最北の国で生まれ育ったスローンには、日本の初夏は冷え込む深夜でさえ暖かいと感じるほどだ。しかし日本の知識も持ち合わせているし、こちらの国に来てそこそこになる。夏といえどまだその兆しが見えはじめた程度の今時分、夜更けに窓を開けて体を夜風にあたらせるのは冷えるのではないかと思った。

「ねぇ、スローンさん、こっちに来て」

しかし臨也はなんでもない様子で話を繋げた。臨也の白い手が、腰掛けた部分からやや離れた位置の床を二、三度たたく。一瞬の逡巡ののち、スローンは2メートルを超す巨体をうっそりと屈ませて、この不思議な日本人の隣に座った。

窓枠にもたれるようにしてしどけなく夜空を見上げる臨也を、横目で盗み見る。華奢な顎から首もとまでの白さや、浮き上がった筋が艶めかしい。

「日本の夏は…騒がしいと同時に物悲しいんです」
「悲しい、?」
「そう。遠い、懐かしい、切ない、二度とないもの。…あなたとのこの日々も、瞬きをしている内に思い出になってしまうんでしょうか」
「…」

何も言わずただ顔を見つめるスローンに、臨也は、ふ、と、形のいい唇を微かに綻ばせた。

「きっとそう」
「…」


その穏やかな、けれど切ない、諦観と羨望の入り混じったような憂いを帯びた表情に、知らずスローンは言葉もなく、ただ一挙手一投足を見守るようにして座していた。

臨也はふ、と瞼を僅かに伏せると、また黒い夜空へ顔を向ける。そして常の微笑を浮かべると、童のように指を差して弾んだ声を上げた。

「見て見て、スローンさん。今日は星がすごく綺麗です」

にわかに空気が切り替わるように、楽しげな響きが二人を包む。
言われて黒く遠い満天を見上げれば、確かに都会には珍しいほどの光たちが輝いていた。

「ねぇ、スローンさんはオーロラを見たことはありますか?」
「いや、ないな」
「ふぅん。日本ではオーロラは見えないけれど、夏になると夜空ですごく綺麗なものが見れるんですよ」
「なんだ?それは」
「ひみつ。…もしも、そのときもあなたがそばにいたら、きっと見せてあげる」
「…今すぐは見れないのか」
「そうしたら有り難みがなくなるよ。あ、そうだ、スローンさん手を出して」
「…?」

臨也は何かを思いついたようで、ぱっと笑顔を見せてスローンに催促した。不思議に思いつつも右手を出せば、一回り以上も小さい手が、ごつごつとしたスローンのそれを小指だけを残して握らせる。そして、やはりスローンのそれに対して三分の一程度の小指をのばして、そっと絡めた。

「臨也、これは…」
「日本式の約束です。ゆーびきりげーんまん、うそついたらはりせんぼんのーます、ゆびきった!」

歌うようにまじないを述べたかと思うと、勢いよくぱっと手を放してしまった。何を言っていたんだ?とスローンが問えば、さらりと「約束を破ったら針を千本飲まないといけないんです」と解説されギョッとする。

「あはは、本当に飲まなくってもいいんですよ。それは昔のこと」
「…この国は意外に物騒だな」
「ふふ、あなたが言いますか?」

臨也がおかしそうにカラコロと笑うので、スローンも段々とつられて口元を緩く綻ばせる。

「……ねぇ、約束、守ってくれる?スローン」
「一緒に見ると?」
「そうだよ」

ひとしきり笑ったあと、臨也は再び上を向いて呟いた。2人が約束などできるはずもないのに、それを臨也も察しているだろうに、それでも何かを確かめるように口にする心情が見えない。

「針を千本も飲むのはごめんこうむりたい」
「俺も、やだ」

横顔を見れば、臨也は相変わらず空を見上げながら楽しそうに笑っている。
いつの間にか少しだけ距離が縮まったような気がして、スローンは戸惑いながら臨也の顔から視線を外した。




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