『やっほーイザ兄元気?遊びにきちゃった!』
『会…』
「帰れ」





――ピーンポーン、

ある日の午後、静謐な空間に突如響いたチャイムの音に、臨也はいったい誰だろうと訝った。波江さんは今日は休みだし、来客の予定もない。訪問販売が来るようなマンションでもない。
うさぎのスリッパをペタペタと鳴らしながら玄関まで歩いていった臨也は、インターホンの液晶画面をのぞいてその痩身を硬直させた。



『ひどおい!久々に会えたかわいい妹に対して!』
『冷…』
「誰がかわいい妹だ、誰が。用なんかない、分かったらさっさと――」
『みなさーん!ここに住んでる折原臨也さんは小さいときお化けが怖くて』ガチャッ


思わず扉を開けてしまった臨也は、白と黒のフードを被ったあまりにも見慣れた二人組の顔を見下ろし、きゅっと眉間に皺を寄せた。




「お邪魔しまーす!」
「邪…」

新宿のマンションの一室にて、快活な少女の声が響く。長いおさげに知的な眼鏡が印象的な妹舞流と、控えめな姉九瑠璃だ。2人は表情は違えど瓜二つの顔を並べて、兄である臨也の家にアポなしでやってきたのだった。

「久…」
「イザ兄一人?女っ気ないなぁ」
「散らかすなよ…」

きゃあきゃあとはしゃぐ双子の妹に困った表情で釘を刺す。臨也は妹が、さる天敵の男の次に苦手だ。ところが彼女らは兄の事情など何処吹く風といったていでぼすんとソファーにおさまった。

「たまにはイザ兄も帰ってきていーんだよ?」
「待…」
「気が向いたらな」
「了。…喉…渇」
「そうそう、何かお茶いれてよ。イザ兄の淹れた紅茶最近全然飲んでない!」
「紅茶なんて自分で淹れればいいだろうが」
「ケチ!」

しかし嫌そうにしながらも臨也はなんだかんだと台所へ向かってくれ、二人はその背中を見送って顔を見合わせ、にっこり笑ったのである。





「で、なんの用だよ」
「別に?ねークル姉!」

ソファーに腰掛け自分で淹れた紅茶を飲みながら尋ねれば、明るく返された返答にぴくりと柳眉を顰める。

「友達と遊ぶか、勉強でもすればいいだろ」
「たまには身内とのコミュニケーションをはかろうと思って!というわけでー、」

ふと声のトーンを落とした舞流の様子に、目を伏せがちにカップを傾けていた臨也は一瞬気付くのが遅れた。おもむろ立ち上がったかと思うと、次の瞬間がばっと飛び掛かってきた2つの体にしたたかに背中を打ち付ける。どさりという激しい音、ひっくり返った視界の端では手から離れたカップを器用にキャッチしている九瑠璃の姿が映った。

「滅多に会えないからさあ、どうせならあられもない姿のイザ兄の写メでも撮って帰ろうかなぁーっ」
「な…」

脳がついていけずに目を白黒させる兄を組み伏せて、舞流はよく似た整った顔立ちをにっこりと頬笑ませる。
呆然としていた臨也だったが、九瑠璃の細い手が部屋着の裾を掴んだのにハッとなり、火が点いたように暴れだした。

「ちょ、やめ、やめろよ!」
「相変わらずもやしだねー」
「細…軽…」
「うっさい!」

羞恥と妹達の言葉に臨也の白い頬に朱がはしる。頭脳労働専門である臨也は、喧嘩では妹に勝てない――屈辱的なことだが―――ため、舞流にがっちりと押さえ込まれてしまった今、薄い体を撫でられケラケラと笑われるがままであった。

「お前ら、ほんと、頭おかしい…」
「イザ兄に言われたくなーい」

愉快そうに舞流はぺろりと舌を出すと、非情にも九瑠璃が捲りあげた服の下からあらわれた肌に目をきらきらと光らせた。

「うわうわ見てクル姉、イザ兄ってばお腹も真っ白!」
「本…」
「さわんな!見んな!」
「あっはははは顔まっかっか!イザ兄ってばかーわいーっ」

笑いながらも拘束の手は一向に緩めない二人に、臨也は我が妹ながら頭を抱えたい気持ちでいっぱいだった。そうしている間にも、ポケットからいそいそと取り出した携帯電話が不気味に陽の光を反射する。

「やめっ――」
「大丈夫、せめてもの情けに顔とは分けたげるから」

そんな問題じゃない、と叫ぶまえに、無情にもシャッター音が鳴り響いたのであった。






その後臨也がどんな目に遭ったかは、神ではなく、特定の人物のみが知る。




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