トントン、と俎板の上で包丁が踊る規則正しい音がする。黄根は仕事に一段落がついたところで、先程から台所に立つ臨也のもとへ顔をのぞかせた。
「…夕飯はなんだ?」 「今日はね、カレー作ろうと思って」
そう答えながら、臨也はじゃが芋を掲げて笑顔を向ける。黄根も大きな男らしい口元にふっと微笑を浮かべた。
「…そうか。何か手伝おう」 「いいよー、座ってゆっくりしてて」
腕を肘までまくり、長く使っているエプロンを着けた臨也は、切った野菜を手際よく皿にまとめている。
「…いや、俺が手伝いたいんだ」 「そう?ありがとう。じゃあ、これ剥いてくれる?」 「…了解」
はい、と両手に持った二個のじゃが芋を手渡すと、黄根はさっそく戸棚からガサゴソとピーラーを取り出す。その姿を見てふふ、と笑うと、臨也は鍋に水を張り始めた。
「…臨也、もうそろそろいいか?」 「んー、もうちょっとかな。半透明になるまで炒めた方が甘くなっておいしいんだ」
じゅうじゅうと香ばしい音をさせながら玉葱が炒められる。柔らかくなってはきたが、まだほとんど白いままだ。了解、と黄根が木ヘラをざっざっと動かす傍ら、臨也はサラダを作りはじめた。時折言葉を交わしながら、慣れた様子で共同作業を続ける。そうこうする内に、玉葱が綺麗な半透明になった。そこから後は順番に必要な分の具を炒めて、沸騰したお湯に放り込む。
「…牛乳を切らしてたな」 「あ、大丈夫、買ってきたよ」
悪い、というと臨也は笑いながらううん、と答えた。その間も手はてきぱきと動き、とぽん、とぽん、とルーが投じられていく。
やがてルーが溶けて全体的にカレーらしい色と濃さになったところで、臨也がお玉で掻き混ぜながら言った。
「黄根さん、味見してみて」
小皿にほんの少しルーをとると、隣に立って見下ろしている黄根に差し出す。臨也の料理の腕は知っているので味見するまでもないだろう、とは思ったが何も言わず受け取った。
「どう?」 「…美味い」 「本当?」
ぱあ、と顔を輝かせる臨也に頷いて、小皿を差し出す。受け取ったそれにもう一度ルーをとり、小さな口に運ぶ。こくんと飲み込む音がし、横から様子を見ていると臨也は安心したように「ん、おいしくできたかも」と独り言のように言った。
「完成!黄根さん、お皿出して」 「…はいはい」
嬉しそうな臨也に微笑しながら、黄根は言われたとおり戸棚に向かう。
その後二人で食卓にカレー、サラダ、水という定番のセットを並べ、いただきますをした。なんてことのない時間。それが一体いつまで続くかなど、どこにも保証はない。二人が生きるのはそういう世界だ。
臨也は自分をこの世界に手招いた人物を見つめながら、黄根は自分がこの世界に引き込んだ少年を眺めながら、二人は今日も食事をともにする。
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