※知識は殆どありません
※矛盾や間違っている点があると思いますのでご注意下さい





大門をくぐれば、そこは別世界。男の天国、とは勿論だが、ここ吉原は江戸一の観光地だけあって女の客も大勢いる。絢爛豪華な建物や四季に合わせて植え替えられる贅沢な木々に、威勢のよい掛け声、しなをつくった客引きの声、笑い声が賑やかにさんざめく。


「よう、お前さんも来てたのかい」
「やぁやぁ、仕事はどうした」
「なに、ちょっくら女を冷やかしに来ただけよ。またすぐ戻る」


堤の向こうで店を構える男が、一角で顔見知りを見かけて嬉々として声をかけた。小金が貯まったのかとからかえば、よせやと笑う。ずらりと並ぶ店の赤い格子の中からは、艶やかな着物を纏った遊女たちが微笑みながら手招きしている。
買おうと思えば、一晩で数ヶ月の食い扶持が飛んでいくのだ。

「あんな別ぴんに酌してもらえたらうめぇんだろなァ」
「おめぇ、夢はでっかく持てやい。俺は、太夫っちゅうやつに一目でいいからお目にかかりたいもんだなぁ」

そりゃあでっかすぎだ、と背を反らせて男は大笑いした。なんでぇ、笑うなよと言いながら自分でも噴き出す。背中をどやしながら、二人は連れ立って人ごみの中へ消えていった。





「臨也、入ってもいいか」
「どうぞ」


すっと襖を開ければ、八畳程の部屋の文机にもたれて、臨也は本に目を落としていた。後ろ手に襖を閉めながら長身を屈めて中に入る。三人分ほど間をあけて畳に腰を下ろすと、やがてゆっくりと臨也が顔を上げた。

抜けるような白い肌に、長い睫毛がかかる紅味の強い瞳。見慣れているのでもはや一々驚くことはないが、初見では必ず人をはっとさせる美しい容貌だ。

「本を読んでいたのか」
「うん、十訓抄。番新が持ってきてくれてね。ねぇそれより、何か用があったんじゃないのかい?スローン」

ぱたんと表紙を閉じ、膝をざっと擦って体ごとスローンの方を向く。ほっそりとした華奢な体を纏うのは平絹の単衣で、艶やかな黒髪は短く、普段幾つもつけられている豪洒な髪飾りもひとつもない。しかし、臨也は二千人はいるとされるここ吉原の遊女の中でも、たった二十人ばかりしか居ない太夫の一人だ。が、性別が男という異例の遊女であり、男色を専らとする裏の太夫として、一般にはその存在を知られていない。まだ二十歳をいくらか過ぎた程度の、太夫としては未熟な部類ではあるが、しどけなく羽織った着物のあわせから立ち上る色香は、成る程世の好色な男共には堪らないだろう。

「楼主の使いから戻った」
「それは分かるよ。なにかお土産でも持ってきてくれたんじゃないか、って思ったんだけど」

正座をし、眼前であぐらをかく己の用心棒を見上げて可愛らしく首を傾ける。その顔は期待をしているのか僅かにきらきらとしていて、スローンは呆れというよりは肉親に向ける愛情のようなものを籠めて小さく息を吐くと、懐を探った。

取り出したそれを見て、いつも感情の見えない柔和な微笑をたたえている臨也の顔が、ただ純粋な喜びで微かに綻ぶ。
細い竹棒の先に一寸弱ほどの桃色の飴玉が鎮座しており、その首もとには赤と白の和紙が愛らしく結びつけられている。差し出されたそれをゆっくりと両手で受け取ると、臨也は胸元で花を抱くようにそっと持った。

「やっぱり。スローンはいつも、こうしてくれる」
「高いものじゃない」
「うん。でも嬉しい」

そう言って右手に飴を持ち、左手を伸ばす。胡坐をかいた膝の上に置かれた大きな拳に、細い手がそっと重ねられた。スローンは何も言わなかったが、臨也も言葉を発するでもなく、手元の桃色の玉を嬉しそうに眺めている。

スローンがこの地に流れ着き楼主に拾われたのと同じ頃、臨也もこの吉原に売られてきた。禿として忙しく働いていた頃から知っているし、花魁として正式に客をとりはじめたのを境に身の回りの護衛を仰せつかった。臨也が逃げれないように見張るという役割もあるが、本人にそれを告げたことはない。

(こんな変わらない日常が、一体いつまで続くのだろうな)

くるりくるりと飴を矯めつ眇めつする臨也を見守りながら、人知れずスローンはそう思った。




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