「……遅いアル」
物憂げな呟きが聞こえた。ふと顔を上げれば、万事屋の窓から神楽が外をボーッと見つめていることに気付いた。…何が遅いのか、なんて答えは分かってる。いつも通り真選組に仕事に出ていった彼女のことを言っているんだろう。
「なーに言ってんだお前、あいつの帰りが遅いのなんて毎度のことじゃねーか」
「でも今日は朝早くから出かけてたヨ。それが帰りはいつも通り真夜中になるって…労働基準法を完全に無視してるアル!私、今度ゴリラに一言言ってやるネ!」
うがー!と憤る神楽のその提案を俺は欠伸混じりに否定した。あのゴリラに言ったところでその次はあのマヨラーにまで絡まなければならない。そんな面倒くさいのはごめんだ。
「…ま、とりあえずガキはもう早く寝ろ。夜更かしは美容の大敵だぞ」
「…?銀ちゃんもどこかに出かけるアルか?」
「バーカ、こんな遅くにわざわざ外ふらつくわけねーだろ。外に風を浴びいくんだよ」
じゃあな、いい夢見ろよと言って部屋の電気を強引にパッと消してやれば、真っ暗な部屋から神楽の慌てた悲鳴が聞こえた。あー…面倒くせーから聞かなかったことにしとくか。

「さて、…」
適当にそこらにあったサンダルに足を突っ込む。ガラッと引き戸を開け玄関を出れば、ひんやりと冷たい空気が身体を包み込んだ。真っ黒な空に真ん丸な月が映えている。
「…オーイ、んなところにいると風邪引くぞ」
「!…銀ちゃん…」
彼女が屋根の上に座っていたのは何となく気付いてた。気配を感じたとかそういうのじゃなくて直感で。アイツのことだから、って思っただけ。「…気付いてたんだ?」と少し驚いたように言う彼女の言葉を無視し、俺は屋根の上に登り彼女と同じように腰掛けた。なかなかにない体験だ。自分の家に屋根の上に座るなんて。今日も随分遅いお帰りだなオイ、反抗期かコノヤローなんて自然に文句が溢れる。
「ご、ごめんね。今日は派手な斬り合いしてきたから、ちょっと帰りづらくて…銀ちゃんと神楽ちゃんが寝てから万事屋に入ろうと思ってたの」
「……」
彼女の浮かべる苦笑いはあまり好きではない。明らかに我慢してますと顔に書いてあるようなものだから。彼女が身に纏う真っ暗な隊服にべったりとつく、真っ赤な血の色がその証拠。血生臭いその匂いはむしろ不愉快だ。
「(…派手な斬り合いしてた、か)」
彼女のことだ、また後先考えずに真っ正面から突っ込んで行ったんだろう。それを指摘してやれば案の定だ。「あはは、そうなの。作戦また無視しちゃって…おかげで土方さんに怒られちゃった」という返事がすぐに返ってきた。眉間に皺を寄せる多串くんの顔が不本意ながら目に浮かぶ。

「……お前さ、」
「ん?」
「いつまでこんなこと続けてくつもりだ?」
「…なーに銀ちゃん、私が近藤さんや土方さんや沖田さんたちの下で働いてるのが気に食わないの?確かに万事屋と敵対こそしてるけど、あの人達はみんな良い人達で…」
「違ェよ、そういうことを言ってるんじゃねェ」
もう時代は変わった。俺達が攘夷だなんだって刀振り回してたような時代は終わったんだ。廃刀令のできたこのご時世にわざわざ刀を握る必要だってない。…お前がそうやって人を斬って生きていく必要なんかねーんだ。
「…真選組なんか、もうやめちまえ。人を斬っては余計なもんまで背負いこんで…そんなんじゃお前、昔と何も変わらないだろ」
「……そう、かもね」
その答えは否定とも肯定とも取れる。一体どちらのつもりで言った言葉なんだろう。くすりと笑みを浮かべる彼女の真意は諮りかねる。彼女は鞘から刀を抜く。月明かりに照らされた鋼色の刀身。…何故だろう、胸がざわつく。
「でもね銀ちゃん、私は変われないんだよ。昔と同じで人を斬ってくことしか出来ないし、私にとっては今も昔もこの世界は変わってない」
「…嘘つけ。時代はもうすぐ地デジ化だぞ。アナログな存在からどんどん排除されてんだよコノヤロー」
「ふふっ、だから"私にとっては"って言ってるじゃない。銀ちゃんったら茶化さないで真面目に聞いて」
「俺はいつも真面目だっつーの」
「そう?…じゃあ続けるけど私はね、大切な何かを護る為に命を懸けて戦う"侍"って存在は絶対に消えたりしないと思うの。何があろうとね」
「……」

『銀ちゃんも変わらないものがあるって信じてるから、木刀(それ)を手放せないでいるんでしょ?』
澄んだ瞳をこちらに向ける彼女に俺は咄嗟に言葉が返せなかった。…何で、お前はそんなに強いんだ。昔も今も人を斬ることを誰よりも苦しんでいたお前が、何でわざわざ昔と同じ道を選ぶんだ。自分の大切な何かを護りたいとか…そんな純粋な思いだけじゃ正直やってなんかいけねーに決まってるのに。
『テメェには何も護れない』
何度そう責められたか分からない。何度自分自身そう責めたか分からない。…何かを護るってことはそんなに簡単なことじゃないから。いつだって1人じゃ抱えきれないほど重い罪がついて回るから。…もちろん自分が命を失くす可能性だって大いにありうる。

「この世界に晋助は破壊を、ヅラは変革を、そして銀ちゃんは享受をしてくことを選んだ。…なら私は幕府にあえて仕えることで、この世界と向き合っていきたい。私がこの手を汚して護れるものがあるなら護りたいの」
屈託のない笑顔が俺の中でキラキラと鈍く輝く。その輝きに俺なんかが何を言えるだろうか。…俺はただ不安なんだ。こんなに強い魂を持った彼女だからこそ、その望みが叶わないと分かった時にすごく傷付くんじゃないかって。こんなに他人のことばかり気にしてるこいつだからこそ…自分のことまでもは護りきれないんじゃないかって。

終わらない悪夢
(失う怖さを俺はまだ覚えているから)


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企画様にご提出
攘夷時代を共に駆け抜けてきたヒロインさんと銀ちゃんがすれ違う話。
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