「…なー、俺食えりゃ何でもいいんだけど?」
「えーいいじゃない。どうせアッシュ、船戻って本の虫になってるだけなんだし。少しくらい時間割いてよー今出来上がるから」
「……って言ってもなあ」

事実、俺はリンゴを口にしたいという旨を告げただけなのである。だが、この館の料理人である彼女はリンゴの皮を剥いて手渡すという作業よりもよっぽど面倒くさいことをしだしたのだから、驚きだ。俺は机に突っ伏して気だるげにそいつの後ろ姿を見つめた

「……」

船であちらこちらに散乱していたリンゴは俺の変身を解くための手段であったわけだが、俺は個人的にリンゴを好んでいる。が、そのままかじるという選択肢しかしたことはない。…つーかリンゴ一つで色んな調理法があるんだな。知らなかった

「…ん、とりあえず出来たよ。お待たせしました」
「……おう」
「あと一品まだオーブンにあるけど先食べてて」
「……、おいこれ、左から順に料理名言ってけ」
「?ベニエに、リンゴのコンポートに、リンゴとセロリのクラフティに、リンゴとポテトのグラタンだけど…?」
「……」

多すぎるだろ…!!こいつ、どんだけ俺に食わせる気なんだよマジで…!そう文句を言えば、ぴしゃりと「男の子なんだからそれぐらい食べれるでしょ。というか育ち盛りなんだからたくさん食べなきゃダメ」と返された。…なんだお前、その母親みたいな言い草!くそっ…こういうところはファンタズマ号の幽霊カテリーナと似てるなコイツ。流石はカテリーナが育ての親だけある

「じゃんじゃん食べてねー」
「ハア…つーかお前よくやるよな。リンゴ一つに手間暇かけて…皮剥いて寄越してくれりゃ良かったのに」
「あはは、料理人(わたし)にそれ言う?」

そうへらっと笑うそいつの顔はえらく明るくて。ああ、これが料理人って人種か。俺には他人のためにそこまでする意義がよく分からねーなあ…なんて。人間は水さえありゃ生きてけるのだから、と。少し冷めた考えをするも、頭の半分では分かってた。…こいつは、人が喜ぶ顔が見たいんだなと。このお人好しは、俺の予想に反するようなことを平気でやってのけるのだから。俺はとりあえずフォークを手に取った

「…ちなみにあと一品は何なんだよ」
「ん?タルト・タタン だよ。アッシュ、知ってる?」
「…リンゴの部分が上になるよう引っくり返されたパイだろ。確か砂糖で焦がしたリンゴタルトを間違って引っくり返しちまって偶然生まれたっていうたとかいう…」
「おおっそうなんだ。誕生の理由とか知らなかった。流石アッシュ博識だね」
「…お前なあ…」
「えへへ、アッシュと一緒にいると色々初めて知ることがいっぱいあるね。私、アッシュと出会えて良かったなあ」
「!…」

ー…初めて知ること。…そんなの、俺のほうがそうだ。こいつと出会って、俺が教えられたことは山ほどある。俺が今まで興味なくて、逆にこいつが得意とする分野の料理もそうだし、…今まで抱いたことのない感情も。全てはこいつがいてくれたから。…俺の今までいた世界はえらく狭まったもんだった。こいつのおかげで、俺の世界は色とりどりに色付いていく。「……俺も、お前に会えて良かった。つーか、強いて言えばもっと早く会えりゃな」なんて一言、俺はそいつの作ってくれた料理を口にいれる。……なんだか、優しい味がする。これもまた、俺が初めて知る感覚だ


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殺華さんへ捧げます!相互記念です:-)
頂いたパーチェ夢の素敵さと比べたら申し訳ない出来ですが…!
ひきサイトですがこれからも宜しくお願い致します( ;∀;)

アッシュ×連載夢主短編でした〜


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