涙の理由



涙は女の武器だ、と言う。確かに泣いてる女が目の前にいれば、男は何かせずにはいられないだろう。それが見ず知らずの女でも、慰めたくなるし励ましたくなる。同情だってしたくなる。だけど、今の俺の心のなかは驚くほど冷ややかで。それらをする気にもならず、目の前で泣き崩れている女を俺はただ何もせずに見ていた。

「……夢、」

彼女のことを何とも思っていないからではない。むしろ、俺は目の前の彼女のことを好いている。愛してるんだ、彼女を。だけど…

「(…夢が泣くところなんて、初めて見た)」

意地っ張りで強がりな彼女は、友人にも肉親にも俺にも弱味を見せないような人間だった。いつだって笑顔で明るくふるまっていた彼女。…その彼女が今、俺の前で泣いている。その涙の理由は何か。それは俺にとって皮肉以外の何ものでもなかった。

死んだのだという。彼女の愛していた人間が。…それが誰なのか俺は知らないし、そんな相手がいたことすら知らなかった。俺は何も知らなかったのだ。

「っ、う…」

涙がぽろぽろと彼女の頬を濡らし流れていく。彼女の真ん丸い瞳から溢れるそれはまるで宝石のようだ。キラキラと輝いているようにすら見える。もうこの世にはいないその人物のためのその滴を、俺はただ眺めていることしか出来ない。…その小刻みに震える身体を俺は抱きしめてあげることも出来ないのだ。ああ、俺は何て弱い人間なんだろう。

「っ…平助、くん」
「…何だ?」
「平助くんは…私みたいにならないでね」

涙でぐちゃぐちゃの顔でそう俺に訴える彼女は、とても綺麗で。何とも眩しい輝きが、俺の心のなかを照らした。これが彼女の強さなのだと思う。どんなときでも輝ける、その温かな光。…俺はそんな彼女の光に惹かれたんだ。

「平助くんはその刀で護ってあげてね。平助くんの大切な人を」
「!っ…夢、俺は…」
「死なせちゃダメだよ絶対に。平助くんの大切な人がいなくなっちゃってからじゃ、全部遅いんだよ」

新撰組は…平助くんは、これからも多くの命を護ってくれるって。私は信じてるから。たとえ京のみんなが新撰組を嫌ってても、私は味方だから。平助くんは自分の信念を真っ直ぐに信じて。これからも刀を振るっていって。
そう微笑む彼女を見て、俺は胸が詰まりそうになった。ああ、頭がおかしくなりそうだ

「(俺が本当に護りたいのは夢、お前なのに…)」

どうしてこの想いは届かないんだろう



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