夏の日の夜には




「……平助、」
「ん…何?」
ふわああ〜と隣で大きな欠伸をする平助に、私は一言「暑い」とだけ口にした。暑い、とにかく暑い。何もしなくても汗がでてくるぐらいだ。もう嫌だ着物脱ぎたい。そう言って着流しを脱ごうと手をかければ、平助は何も言わずに私の頭を叩いた。う…何するんだ痛いじゃないか
「こんなところで脱ごうとするなっての!お前何考えてんだよ!」
「?だって今この部屋にいるのは私と平助だけじゃんか。別に私が裸になろうと何だろうと構わ…」
「そんなのダメに決まってるだろ!!!!」
顔を真っ赤にして怒る平助は、ああもう!そんな暑いならちょっと外に出てみようぜ!と半ば投げやりに言葉を紡いだ。?平助、何怒ってるんだろ…この暑いのにそんなに怒鳴り声なんか出したら倒れちゃうんじゃないだろうか。そんなことを考えながら私は平助の背中を追いかけ、部屋から出て目の前の庭へと降り立った。が…

「う…暑い」
「…まさか風も全くないとはな…。これじゃ外も中も変わらないかもなあ」
「そ、そんな…」
神様酷すぎます。本当にここ最近のこの暑さはなんなんだろう。ここまで暑いと何もする気が起きなくなってしまうから厄介だ。あの新八っつあんでさえ、最近夏バテとやらで食事の量が少し減ったと言っていたし。新撰組隊士でも熱中症で倒れた人間が何人かいるぐらいだし。本当今年の猛暑にはまいるばかりである。

「俺はこのじめじめした暑さが嫌だなー。もっとカラッと気持ちのいい暑さが続いてほしいぜ…」
「え〜…私はどんな暑さも嫌だなあ。むしろ早く冬が来てほしい」
「あれっ?夢は夏より冬のほうが好きなんだっけ?」
「だって寒ければ部屋に閉じこもっていればいい話じゃない?それなら冬の方がいいよ、夏はどこにいても暑さから逃れることができないから」
額から流れ落ちる汗をグイッと手で拭い、私は夜空を見上げる。視線を瞬く星々に向けながら、でも…と続けて言葉を紡いだ。
「暑いからって隊務をサボるわけにもいかないし…誰か暑い時にこう、一気に涼しくしてくれるようなもの発明してくれないかなあ」
「…ぷっ、」
すると平助はその言葉に遠い遠い未来でならあり得るかもな〜と笑みを溢し、けらけらと笑い始めた。む…私は結構本気なのに。絶対馬鹿にしてるよねコレ。…私、もう部屋の中に戻る。とふてくされたように平助に背を向ければ、何も言わずにパシッと手を掴まれた。…どうもまだもう少し二人で外にいたい、ということらしい。顔をほのかに赤く染めた平助と視線が合う。

「…なあ、怒ったのか?」
「……いーや?別に怒ってなんかないよ。それより平助、」
「な、何?」
「平助の手、冷たくて気持ちいいね」
「…へ?」
平助の手をぎゅっと握りしめる。…何でだろう、平助の手ひんやりとしてる。私はこんなに身体中高い温度を身に纏っているというのに。…具合が悪いわけじゃないんだよね?と確認を取れば健康体そのものだと自慢気に返された。うーん…じゃあ何でだろう。体質の違いかな?

「夢の手は…何かすっごく熱いよなあ。夢こそ、もしかして熱でもあるんじゃねーのか?」
「えー違うと思うけどなあ」
首を捻る私の額に、平助はこつんと自身の額をあてた。…やっぱりひんやりとして気持ちがいい。何なんだこの違いは。ズルいじゃないか。私は平助と近い距離になったのをいいことに、手を繋いでいないほうの手を平助の頬へ持っていった。

「!え、夢…?」
「…あはは、こんなことならわざわざ外に涼を求めて出てくる必要はなかったね」
「え?」
「だって平助の手がこんなにひんやりして気持ちがいいって知らなかったしさ」
部屋の中にいても平助さえそばにいてくれれば良かったって話じゃないか!とにんまりと微笑めば、平助は少し驚いたように目を丸くした。そして平助は繋いでいた手をそっと離し、私の両肩に手を置いた。…何て綺麗な目をしてるんだろう。それにいつもより真剣な表情…何だか今日の平助は少し違う。僅かに頬を赤く染めている平助を見ていると、何故だかこっちまで照れてしまう。鼻が触れ合うほど近い距離になった私たちはただただ静かに互いを見つめ合った。

「…夢、」
「なに?」
「その…夢が熱いって言うならさ、俺がそれ引き取るよ」
「え…?」
「夢の熱さ、俺にちょうだい」
恥ずかしそうにそう言葉を紡いだ平助は、そのまま私の唇に口付けた。柔らかくてほのかに温かい感触を感じる。…これじゃ逆効果な気もするけど。まあいいや、少しでも私の体温が伝われば。熱いだ寒いだなんて関係ない。私も平助も、二人同じ温度を共有したいだけなんだから。唇を少しだけ離して…どう?熱い?なんて尋ねれば、ははっやっぱ分からないやなんて笑って返された。ふふっ、私も同じだよ。微笑み合ってまた唇を重ねる。まるで平助から口移しで熱が伝わってくるように、私の全身が少しずつ熱を帯びていくようさえ感じた。ー…これは、そんなとある夏の夜の出来事。


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一応、風待ち交差点番外編。


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