在処



「ケホケホッ…失礼します、例の書類を持ってきました…」
「おう入れ」

襖を開けたと同時に立ち込める白い煙。…何だかすごく息苦しい、よくこんな部屋で仕事出来るもんだ。吸い殻が溢れ出るくらい山盛りの灰皿が嫌でも目に入る。私はこちらに背中を向けたまま手を伸べす副長にとりあえず書類を渡し、そのまま畳へ腰を下ろした

「……」

…流石に吸いすぎじゃないだろうか。鬼の副長が肺がんで死亡だなんてみっともなさすぎじゃない?一言注意でもしようと思ったの、だが…机に向かう副長の顔があんまりに真剣だったもので。私はすっかりタイミングを逃してしまった

(…せめて邪魔にならないよう早く退出しよう)

そう思いくるりと向きを変えた瞬間、右腕を何かにガッと強く掴まれた

「!?な、なんですか?急に」
「…夢、お前いつもより何か甘ったるい匂いするぞ」
「!お気づきになったんですか、すごい嗅覚ですね。変態土方コノヤロー」
「変態って何だ!ふざけんなよお前!!」

いや、首元ですんすん鼻を鳴らすあんたこそ変態そのものでしょーが。ものっそいくすぐったいんですけど

「えーと、昨日お妙さんと買った香水をつけてまして…何だっけ、リンゴかピーチのやつだと…」
「いや、こりゃリンゴだな」
「…もしかしてお気に召した感じですか?」
「ああ」

…これはかなり気に入ってるな。普段ならこんなにベタベタしてこないもん。真っ黒な髪をサラサラ梳きながら、私は香水の思わぬ効果の恐ろしさを噛み締めた。…流石はお妙さんがあれだけ薦めてきただけある

「あ―…クソ、離れらんねェ…」
「えへへ、何か随分好評みたいなんですよこの香水。さっき沖田隊長とか山崎さんとかも褒めてくれました」
「……あ゛ァ?」

どこか悔しそうに呟く副長に得意気になって言った一言。それによって今までの甘ったるい雰囲気は消え、むしろ部屋の空気がずっしりと重くなってしまった。や、私何かマズイこと言った…?鬼のような形相をした副長を前に、私はぽかんと疑問符を浮かべる。それに軽く苛ついたのか、急にガシッと両肩を掴まれた。

「痛たた!指が食い込んでるっスよ!!」
「で、何だって?」
「あい?」
「だから総悟や山崎が何だって?」
「ほ、褒めてくれたんですよ。珍しいことにあの沖田隊長までもが」
「……お前、今日アイツらとそんなに接近するようなことあったのかよ」
「何ですかその意味深な台詞。違いますよ!今朝廊下ですれ違った時の話です!」
「すれ違った時だァ?」

…な、何をそんなに怒っていらっしゃるんですか?副長、あなた今超怖いですよ。瞳孔がいつもの2割増しで開いてますよォォ!

「そんなんで分かるもんか?」
「へ、へい?」
「だから、すれ違っただけで普通分かるもんかって言ってんだよ。俺ァお前がすぐ隣に来るまで匂わなかったぞ」
「……さ、差し出がましいようですが。それはこの部屋が煙草の煙でいっぱいだからじゃないですか?」
「……」

もしくは普段の不摂生で嗅覚が鈍ってるんじゃないでしょうか?だってこの香水、自分でもかなりキツいと思うもの。(逆に原田さんになんか「うわっ臭っ!」って顔しかめられたもんな)

「…チッ、夢。お前ちょっとこっち来い」
「!は、はい…」

ちょいちょいと手招きを受けた私はのろのろと移動する。いや、移動するってもこれ以上近きようがなかったりすんだけどね。え?マジ何なの?

「って、また煙草吸うんですか副長」
「……」

そう言ったが束の間。次の瞬間何故か私の顔を白いもやが包みこんだ。ー…答えは簡単。副長のやつが煙草の白い煙を思い切り吹きかけてきやがったからだ。

「っゲホッゲホッ!ちょ副長やめ…」

手をバタバタさせながら拒否してもまるで無駄らしい。ニヤリと笑いながら、副長は執拗なまでに煙を吐き浴びせかけてくる。何だこの新手の苛め!可愛い彼女を副流煙にして殺したいの!?数十回その行為が終わったところで、ようやく副長は煙草を灰皿に押し付け消してくれた

「ゲホゲホッ…ちょっと、副長一体何すんですか!!」
「マーキングだ。有り難く思えや」
「ふざけんなさんなよ。香水が無駄になっちまったじゃないですか」
「てめェにはやっぱりこっちの匂いの方がお似合いだろ」
「いや、それ褒めてるつもりですか?」





「…どうしたんでィあんた。今朝はあんなに良い香りだったのに、今は誰かさんみたいなムッとした匂いしかしねェや」
「それはムッツリマヨに聞いてきて下さいよ」





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