◎錫也視点


雛は覚えていないみたいだけど、俺は彼女が星月学園に入学したそれ以前から…もっともっと昔から彼女を知っていた。あれは確か俺達がまだ小さかった時、月子と哉太が近所のある男の子ー…不知火先輩と仲良くなり始めた頃の話。彼女は確かにそこにいた

『……あの3人のところに行かないの?』

兄貴分だった不知火先輩によくなついていた哉太と月子。当然4人で遊ぶことも増えていった。…だけど、当時俺は不知火先輩に嫉妬してた。幼なじみの哉太と月子と俺だけがいた世界。それを壊されてしまったようで。小さな子供みたいに勝手に1人でいじけてた

『あの2人、あなたの友達なんでしょ?』

そんな俺に声を掛けてきたのが雛だった。帽子を深々とかぶった栗色短髪で上下ジャージ姿の少女。…一見男の子かと見間違えてしまったのはここだけの話で。何でもあとで聞いた話ではその時雛の家の家庭環境は良くなかったらしい。親からの虐待もあったらしく、縁あって不知火先輩の家にたまに世話になっていたようなのだ

『ねえ、行ってあげないの?』
『……君は?君こそ行かないの?』
『私?私は行かないよ』

だって、一樹くんが困るもの。そう唇を尖らせ、彼女は俺の隣に座った。そして少し離れたところで遊んでいる3人をじっと見つめる

『?困るって?』
『私が、嫌だから。一樹くんがあの子達と遊んでるの。あの子達が来てから一樹くん、私に構ってくれないの』
『…!そうなん…だ』
『でもね、あの女の子のおかげで俺は変われたって一樹くんが言ってたし…事実、一樹くん最近笑顔でいることが増えたから』

『…だから、邪魔はしたくないの』

そう言いながら月子達を睨み付けてるあたり、彼女も子供ながら納得出来てないんだろう。あいつらが自分の世界を壊してしまったことを

『(…この子は俺と同じだ、)』

子ども心に感じた気持ち。仲間がいると安堵出来たんだ。俺は1人じゃないんだって。こんな醜くてドロドロした感情を抱いてるのは俺のせいじゃないんだって

『君は…』
『雛。私は雛、君じゃないよ』
『…あははっ、そっか。俺は東月錫也。よろしくね』
『…すずや、』
『うん、そう。それで、雛』
『何?』
『雛は哉太や月子のこと、嫌い?』
『……嫌い、ではない。だけど好きでもない』
『…じゃあ不知火先輩のことは?』
『不知火先輩?…ああ、一樹くんのことか。一樹くんは大好きだよ。一樹くんは私を助けてくれた恩人だから』

でも何でそんなこと聞くの?と首を傾げた彼女に、俺はくすりと笑みを溢した。…何から何まで同じだ、本当に。俺は少女と真っ直ぐ視線を合わせ、言葉を紡いだ

『俺も、なんだ』
『え?』
『俺も不知火先輩のこと、嫌いでもない。だけど好きでもない』
『……』

…そっか、と1人納得したように小さく頷いた彼女。そんな彼女はひどく落ち着いた眼差しで、俺に「難しいものだよね」なんて微笑んだ。…本当に、そうだな。彼女の瞳に映った自分が、何だか今にも泣き出しそうな表情をしていて…情けなかった。俺は一体、彼女に何を感じていたんだろうか…



***



「ー……錫也先輩?あの、大丈夫ですか?」
「…ん…?」

ひどく昔から聞き慣れていたような声がした。ふと振り向けば、栗色の髪の毛をなびかせた少女の姿。…何でだろ。さっきより髪の毛が長く伸びて…ってああ、俺昔を思い出してたのか。今目の前にいるのはあの頃の雛じゃない…。俺を不思議そうな顔をして見つめる雛に、俺は半ば働かない頭のまま言葉を紡いだ

「…ごめん、俺もしかして寝てた?」
「え?あ、はい。でも仕方ないですよ。私がマフィン焼き上げるの遅かったせいで、錫也先輩待ちくたびれちゃったんですから」

「先輩、食べてみて下さい。今度は成功したと思うんです」と言って、マフィンの乗ったお皿を彼女は俺にバッと押し付けるように渡してきた。…そっか、雛にお菓子作りを手伝ってほしいって言われてたんだけ。随分長い夢を見てたもんだな…なんて苦笑しつつ、俺はマフィンを1つ手に取りぱくりと一口食べた

「ど、どうですか…?」
「うん、美味しいよ」
「!本当ですか…!」

「錫也先輩のお墨付きだなんて…!これで梓を見返せる!」と言って、小さくガッツポーズをきめた彼女につい笑みが溢れる。「木ノ瀬くんに手作りマフィン、あげるつもりなんだ?」「いえ、梓の目の前で食べてやるつもりです」なんて、彼女の独特のテンポで会話が交わされる

「というか実は…本当は作ることが目的じゃなかったんです」
「えっ…?」
「誰かのために料理を作ってあげることが、自分の楽しみになるといいなって。放課後、食堂で料理してる錫也先輩の姿見て思ったんです」
「!雛…」
「楽しいというか、何か嬉しくなりますね。料理するときって」

「もしかして龍之介先輩なんて渡したら喜んでくれるのかな…あーでも普段美味しい菓子を食べ慣れてる人じゃなあ」なんて独り言のように呟きながら、雛はマフィンを袋に詰め始める。…ああ、彼女のこういうところなんだろうな。俺や哉太や羊や…俺の嫌いな不知火先輩の、彼女の好きなところは。いつだって誰にでも真っ直ぐ向き合って、何かを共有しようとひたむきに努力してくれる。…そういうことが出来るのは彼女が優しい人間だからだと思うんだ

「…分かってはいたんだけどね、」
「え?」

最初はこの学園で会った時、どう接していいのか分からなかった。月子が不知火先輩のせいで悪い奴らに閉じ込められてしまった時のことを、もし雛がは知っていて…それを月子に話してしまったらと心配したのもあったけど。それ以外に…雛が俺の嫌いで苦手な不知火先輩に恋してることが分かってたから。…だけど、すぐにそんな悩みや不安は全て消えたんだ

「(それは俺が…お前の真っ直ぐな優しさが好きだから。だから、俺も真っ正面から向き合いたいって思ったんだ)」

それはきっと他の皆も同じだろう。正直な話、不知火先輩と付き合ってる雛に男子生徒達から冷たい視線が浴びせられる可能性だってないことない。女の子はたった2人しかいないんだ、下心あって見返りを求めて接する男もいるはずだ。…だけどそれでも雛が周りから優しくされているのは、彼女のことが皆好きだから。彼女の不器用な優しさが皆に届いてるからなんだろう

「…俺も何か作ろうかな」
「え?今からですか?」
「うん。何がいい?お前が好きなものを作ってあげるよ」
「!い、いいんですか?そんな手間かけさせて…」
「俺がそうしたいんだよ。だけどその代わり、全部残さず食べてくれよ?」
「それはもちろんですよ!全部美味しくいただきます!」
「あはは、ありがとう」

俺は雛の喜ぶ顔が見たいんだから。…昔も一緒に悲しんでいるんじゃなくて、俺から手を差し伸べて笑顔にさせてあげられれば良かったのに。不知火先輩と月子と哉太の笑顔を見つめ、いじけていたあの頃の俺達はいない。今はもう全て受け止められるはずなんだ


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錫也視点。実はヒロインと面識があったり
だけどそのたった1度だったため、ヒロインは単に忘れてしまってるらしい…





空想レッテル


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