少し先の未来が見えるというのはどんな気持ちなんだろう。俺にはそんな能力が…所謂"星詠みの力"を持ち合わせてなんかないから、正直どうなのか分からない。だけど、きっと辛く苦しいものなんだろうと思うんだ。目の前の人物を見ていると


「っ…一樹会長待って下さい!」
「一樹会長!」
「ぬいぬい!」

俺たちは目の前を走っていくぬいぬいの背中に呼び掛ける。が、ぬいぬいは一向に止まらない。止まってくれない。生徒会室で居眠りをしていたと思っていたら、急に起き上がって走り出したぬいぬいを、俺たちは今ただただ追いかけてる。…たまにあることだから俺もそらそらも書記も分かってる。きっとぬいぬいはまた星詠みで"未来"を見たのだ

「(っ…ぬいぬい…!)」

校則なんかは無視して廊下を全速力で走る。目の前の彼を早く止めたくて、俺は階段を一段飛ばしに駆け降りた。早く、早く、ぬいぬいを止めなければ…!

「颯斗くん、翼くん、あれ…!」
「!」

「あ」という間の抜けた声が聞こえた。ふと顔を上げれば、前方には見慣れない男子生徒がまるでスローモーションみたいにゆっくり倒れていく瞬間がちょうど目に入った。…大方階段を踏み外したのだろう。上へと登っていたらしい彼はそのまま後ろの、階段のほうへと落ちていこうとする。…そして当然、その男子生徒の前には彼を庇おうと手を伸ばすぬいぬいの姿が

「ー…ぬいぬい!やめるのだ!」

男子生徒に怪我をしてほしいわけじゃない。だけど、このままでは確実にぬいぬいまでもが階段へと落ち怪我をしてしまうことだろう。彼を助けようとして、ぬいぬいまでもが痛い目にあうことはない。が、俺の必死の訴えは届かない。ぬいぬいはそのまま突っ込んでいく。俺も、隣で大きく目を見開いたままのそらそらも、咄嗟に悲鳴をあげた書記も、何も出来ない。ぬいぬい、危なー…

「そー…れっ!!」
「うわっ…!?」
「ぐおっ!」
「…!」

ゆっくりと目を開く。するとそこには階段の踊り場に倒れ伏す男子生徒とぬいぬい。…?一体、何が起きて…

「なーにやってるんですか一樹会長」
「!雛!」
「ありゃ翼、いたの。それに颯斗先輩も月子先輩も…」

階段から登り「奇遇ですね」と薄く笑う雛に、俺は驚くしかなかった。…今の状況を整理すると、きっとあれだろう。階段から落ちようとしていた男子生徒とぬいぬいを、下の階段から上がってきた雛が蹴り飛ばし、結果二人は上の踊り場に倒れたということだろう。うむ、絶対そうだ。だってぬいぬいと男子生徒の背中には小さな足跡がくっきりついているのだから

「…一樹会長達が落ちてしまうところだったのが階段の上段だったこと、それに雛さんがすぐ二人の後方にいたこと。それが不幸中の幸いでしたね」
「はい?」
「雛ちゃん本当にありがとう!」

涙を浮かべ感謝する書記に雛がこてりと首を傾げる。「?私、屋上庭園に用があって階段登ってただけなんですけども…」と俺達の顔を見回しながら、雛は地面に倒れていた男子生徒を起き上がらせた

「大丈夫ですか?すみません、咄嗟に蹴っちゃって」
「あ…ありがとう…」
「雛お前!俺の方は無視か!つーか俺のこと踏んだままだろ!頼むから退いてくれ!」
「あれ?一樹会長いたんですか?」
「最初からいたよ!いい加減降りろ!俺は攻めるのは好きだが虐げられるのは好きじゃねーぞ!!」
「何いきなり気持ち悪い話題に転換してんですか。頭踏んづけてあげましょうか?」
「……」

ぎゃあぎゃあと騒ぐぬいぬいと雛。その二人の間にそらそらと書記が割って入り、二人の喧嘩を止めていた。…屋上庭園に用があって、と。雛はさっき確かにそう言っていた

「(…それは、おかしいのだ)」

だって雛は今日は放課後に俺と梓と一緒に保健室に向かっていたのだから。そう、彼女はまた体調を崩していて。それに気付いた俺と梓が保健室に連れていったのだ。しかし素足隊長はあいにく保健室にいなくて…結局担任の先生との所用を済ました後に、梓が雛を迎えにいくということになっていた

「(…もしかして…)」

梓が来るまで保健室のベッドで寝ているように言い付けられた雛が、屋上庭園なんかに行く用事があったとは考えにくい。…それは例え梓が雛を寮まで送り届けた後だとしても同じだ。つまり、雛は"ぬいぬいを助けに来た"んじゃないだろうか

「翼?どしたのボーッとして」
「…雛、あの…」

ぬいぬいの身体の上から退き、1人その場を離れ去ろうとする雛。彼女に「雛は…もしかして"分かってた"のか?」と恐る恐る尋ねれば、雛は暫くしてからくすりと笑みを溢した。そして自分の真ん丸な瞳に指をさす

「私の目には誰かのために自分を犠牲にしようとするお馬鹿さんの姿が映ったんだよ」
「!…」

星詠みの力なんかより便利でしょ?と微笑む雛に俺は目を丸くした。…本当にそんな魔法みたいな能力があったわけじゃないと思う。だけど、雛がそういう未来を予知してぬいぬいを助けに来たのは事実だ。もしかしたらぬいぬいが大切だと思う強い気持ちが、こんな奇跡みたいなことを起こしたのかもしれない

「あの人は一度こうと決めたら止まらないからね。私も目を離さないようにしてるんだ」
「……」

…雛はやっぱりスゴい。こうやっていつも誰の気持ちも覚悟も害することなく、大切なものをちゃんと守ってくれる。強くて優しい女の子。…俺は入学して雛と出会ってからずっと、彼女のこういうところに憧れていたんだ。そして惹かれていた

「お、おい雛!お前どこに行く気だ?」
「……そんなの、一樹会長には関係ないでしょう?いいから一樹会長は生徒会室に戻って仕事してたらどうですか?颯斗先輩や月子先輩や翼まで巻き込んで、こんな馬鹿馬鹿しい騒動起こして」
「お、おまっ…馬鹿馬鹿しいって…!今日は何で一段と辛辣なんだよ!?」
「そんなことないです。…でもまあ一樹会長がまさか男子生徒1人引っ張り上げる力もないなんて、思いませんでしたけど。生徒会の活動にかまけて運動不足なんじゃないですか?」
「ほらやっぱり!雛、お前今日はますますドSさに磨きがかかってるじゃねーか!」
「うっさいですよ」
「ふふっ…雛さんと一樹会長は仲が良いですね」
「そうだね」
「……ぬぬ、」

いつも鉄砲玉みたいにパッと危険を省みず飛び出してしまうぬいぬいと、フラりと現れてはみんなの気持ちを優しく掬い取ってくれる雛。対照的なようだけれど、俺は彼女以外にぬいぬいを助け守ってくれる人間を知らない。書記もそらそらももちろんぬいぬいにとっては大切な人達だけど。ぬいぬいと互いに"支え合える"関係性にまでは到達していない気がするんだ。だってぬいぬいが俺達に隠そうとするその心の闇を、雛は上手い具合に照らしてくれるのだから


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あくまで翼視点。上手くまとめられなかったです;;



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空想レッテル


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