カチャッ、

「琥太にぃ、暇だから遊びに来たよ…って、あれ?雛ちゃんも来てたの?」
「……こんにちは水嶋先生」

ある日の放課後、保健室のベッドで私は寝ていた。…断じてサボりではない。私はむしろ必要性がなければ保健室になぞ来ない。あまりこの消毒液臭い空間が好きじゃないのだ。私は「先生、水嶋先生が来ましたよ」と言って、隣のベッドでグータラしていた星月先生を叩き起こした。…というか生徒が体調不良で寝てるのに、隣のベッドで昼寝をしている星月先生って一体…。まああんまりあれこれ世話焼かれたくもないんだけど

「ん…郁、また来たのか。さっき直獅が探してたぞ?」
「逃げてきたからね。…で?雛ちゃんはどうしたの?もしかして風邪?」
「…ち、違います。星月先生、私これでもう失礼します」
「馬鹿、まだ熱があるんだ。大人しく寝ていなさい」
「嫌です。そろそろ一樹会長に感付かれちゃいますし、早く逃げないと…!」
「お前はどんだけ不知火を毛嫌いしてるんだ」

付き合ってるのにお前らは不思議だなあと小さく笑い、星月先生は私に体温計を渡した。さっきよりは熱も下がってるだろうけど念のために測れと言われれば、私としても従うしかない。う…もう本当に大丈夫なのになあ。大体、弱った私なんて珍しいとニヤつく水嶋先生は一体何なのか。一発どついてやりたい(教師相手には流石にやらないけど)

「はあ…意外に身体が弱いからな、渡邉は。頼むからもっと体調管理をちゃんとしてくれ」
「へえ〜そうなんだ?それは見かけによらないね」
「む…一言余計ですよ水嶋先生」
「渡邉は季節の変わり目には必ず体調を崩すからな。そのうえ栄養管理もろくにしないし、不規則な生活をするし…」

このままではお説教の言葉が止まらない気がする。私は星月先生に曖昧な返事を返し、体温計を脇に挟んだ。うーあー早く鳴ってくれ。私は早く保健室を出たいんだ。そんなことを考えていると廊下からドドド…という地鳴りが聞こえた。…誰だ廊下を走っているのは。うるさいな

「…もしかして不知火くんかもよ?」
「一樹会長はむやみに校則違反はしないし、あの足音は確実に違います」
「へえ、流石は彼女だね」
「それ関係ないと思いますけど」

私の寝転がるベッドに腰掛ける水嶋先生とそんな会話をしていると、保健室のドアがガチャっと乱暴に開かれた。

「ー…っ、琥太郎センセ!」
「ん?直獅じゃないか、どうし…」

星月先生の言葉が途切れた。…無理もない。私と水嶋先生も同じくだ。だって目の前に現れた直獅先生は何故かいつものジャージでなく、真っ黒なスーツをカッチリと身にまとっていたのだから。…私1年生だからだけど、直獅先生のスーツ姿は初めて見たかもしれない。決めポーズをする直獅先生を思わずガン見してしまった

「じゃーん!どうだ?決まってるか?」
「「「………」」」
「…お、おーい?琥太郎センセも水嶋も渡邉も何かリアクションくれってえ…」
「…いや、直獅先生…何なんですかその格好」
「うん、よくぞ聞いてくれた!実は今から…」
「デートですか?」
「ち、違うわ!んなわけないだろ!」
「そうですよ水嶋先生。いくらそういうのに疎い直獅先生でも、デートにスーツで行くなんて馬鹿な真似しませんよ」
「渡邉、それはさりげなく直獅を傷付けてるだけだぞ」
「えへへ、私は分かってますよ直獅先生。成人式か何かですよね?」
「違うわあああああ!!」

みんなして馬鹿にしてえええ!と泣き叫ぶ直獅先生に私は首を捻った。…はて?じゃあ何で直獅先生はスーツに??

「あー…悪かったな直獅」
「すみませんでした陽日先生?」
「直獅先生、早く理由を教えて下さいよ」
「お前本当俺に対してはSだよな」

いや実際は一樹会長にもそうなんですけどね。まあ少しからかいすぎたかも…直獅先生ごめんなさいと一言謝っておけば、直獅先生は涙ながらに理由を話してくれた

「いやな?実は先生方同士の講習会に、うちの学園の代表として俺が行くことになったんだ」
「へえ〜そうだったんですか」
「そうだったんですか…って会議で先生方が話されてただろ、水嶋…」
「まあ他校と交流してきて色々もまれてくるといいさ。刺激を受けることもあるだろう」
「……」

教師って大変だなあー。そんなことまでしなきゃいけないなんて。なんというか、こうして自由に生きてられるのも学生のうちなんだろうな…。働くって辛いですね、と隣にいた水嶋先生に言えば「そう思うでしょ?」と激しく頷かれた。普段の水嶋先生の気持ちがすごく分かる気がします、はい

ピピピ…

「…ん?何の音だ?」
「あ、私の体温計のです。今熱を測り終えたみたいです」
「で?何度だった?」

グイッと顔を覗かせてきた星月先生に私は体温計の36.6という数字を見せた。…うん、4限で授業を早退した時より下がったし大丈夫。さーて、それじゃ寮に帰るとするかな。あ、それか屋上庭園を散歩してから帰るかな

「星月先生、じゃあ私これで失礼しま…」
「ー…雛!!」
「!げっ、一樹会長…!」

突然保健室のドアから現れたのは不機嫌そうな顔をした一樹会長で。私のいるベッドまでツカツカと歩み寄り、一樹会長は「…どういうことだ?」と頬をひくひくさせていた。し、しまった…!

「雛お前…俺が"今日の放課後はどうするんだ?"とメールした時、"今日は弓道部の練習に見学に行きます"とか返信したよな…?」
「…しましたね」
「じゃあ何でお前は今、保健室にいるんだ?」
「…4限の授業で体調不良で早退したからですね」
「っ…お前また父ちゃんに嘘ついたなあああ!!」
「いひゃいいひゃい!」

涙目になって喚く一樹会長は私の頬をグイグイと引っ張り始めた。…いつもだったら頭を叩かれたり拳骨ぐりぐりをされるのだが、どうやら一応私が体調不良なのを考慮してくれたらしい。

「渡邉お前、不知火に教えてなかったのか?」
「はい。だって体調不良で保健室で寝てますなんて言ったら、一樹会長すごい面倒くさ…」
「おーまーえーなー…俺はすごく心配したんだぞ!誉に聞いても"雛ちゃんは今日は弓道場に顔出してないよ?"なんて言われるし!」

怒り狂った一樹会長を直獅先生がまあまあ落ち着け不知火なんてフォローする。隣にいた水嶋先生には「不知火くんってこんなに取り乱すこともあるんだね…」なんて驚いていた。いや、たいていはこんなテンションですよ

「…星月先生、それで雛はもう大丈夫なんでしょうか?」
「ん?ああ、熱も下がったし…もうあとは寮に戻ってゆっくり寝てれば大丈夫だ」
「そうですか…」
「…?」

星月先生のその返事を聞きホッと胸を撫で下ろした一樹会長は、私の目の前に立った。そして私の両脇にその長い腕を差し込んだ。え?ちょっ…

「!きゃっ…」
「じゃあ俺が責任持ってコイツを寮まで連れて行きます」

ふわりと身体が浮いたと思えば、さっきより近い距離に一樹会長の顔があった。…こ、これはアレじゃないか。いわゆるお姫様抱っこじゃないか。私は「うわあ不知火くん大胆〜」なんて他人事のように笑う水嶋先生を軽く睨み、一樹会長の服をギュッと掴んだ

「ちょ、ちょっとどういうつもりですか!恥ずかしいから下ろしてください!」
「何言ってんだ、具合悪いんだろ?こうしたほうが手っ取り早いじゃねーか」
「自分の足で!歩けます!」
「じゃあ先生方、色々ありがとうございました。これで俺達は失礼します」
「ひ、人の話を聞けえええ!!」

バタン。一樹会長によって強引に閉められたドア。そのドアの向こうで星月先生、直獅先生、水嶋先生の三人が「…まるで嵐みたいだったな」とため息をついたのを私は知るよしもなかった。…ああ、嘘のメールをしたことで私は今日も説教をされるのか。ますます熱が上がってしまう気がする。最悪…!







空想レッテル


.
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -