「俺にも何か作れ」
「……は?」

放課後、生徒会室に呼ばれ来てみれば唐突にそんな一言。…意味が分からない。近くにいた颯斗先輩や月子先輩にちらりと視線で助けを求める。が、彼らは曖昧な笑みしか返してくれなかった。ちょ、先輩方見捨てないで下さい…!

「雛、俺にも何か作れ」
「聞こえてますよ。というか何なんですかいきなり」
「弓道部全員にお守り袋を作ってたぐらいなんだ、俺のために何か作る暇ぐらいあるだろう」
「一樹会長はインターハイに出たりしないでしょう?何で一樹会長に餞別の品を贈らなきゃいけないんですか」
「俺もお前から手作りのものを貰いたいからだ!」
「はい却下でーすその提案は否決されましたー」

用ってそれだけですか?なら私帰りますねと欠伸混じりに返し、生徒会室を出る。ドアが閉まる前に一樹会長が私を呼ぶ声が聞こえた気がしたが、それを無視して私は歩を進めた。…何か俺のために作れって?ああもう、何て面倒くさいことを急に言い出すんだあの男は。

「あれっ?雛もう帰るのか?」
「翼…」

両手に何やらごちゃごちゃと発明品を抱えた翼と、廊下の真ん中でばったり遭遇した。…何してるの早く生徒会室に行って仕事しなさい、なんて小言を言うつもりはないけれど。実際颯斗先輩や月子先輩は人手不足で困ってるのだから、ちゃんとしっかりしてほしい。今日は特に仕事がたまってるって言ってたし。その意を伝えると翼は眉をハの字に下げた。

「ぬぬぬ…分かったのだ。俺、生徒会室に行ってくる」
「うんそれがいい…って翼、それどうしたの?」
「うぬ?何がだ?」
「頭の上のそれだよそれ」

翼の前髪を結っている紫の水玉模様のシュシュ。…そう、それは先日私が翼にあげたものだった。お守り袋を制作する時に出た余り布で作った代物だ。どうりで見覚えがあると思った。

「?何言ってるんだ?雛がこれを俺にくれたんだろ?」
「いや、そうだけど…まさか使ってくれると思ってなくて…」
「ぬ?雛がせっかくくれたんだ。使わないと損だろ?」
「!翼…」
「俺すっごく嬉しかったから、本当は大事に閉まっておこうと思ったんだけど…梓に怒られてしまったのだ。使わないともったいないって」

ぬはは〜とまっさらな笑顔を見せる翼。私はそんな彼を見つめ、あることを決意した。…ちゃんと伝える手段があるなら、やっぱり伝えておくべきだろう。弓道部のみんなや翼の笑顔を見てそう思えた。

「?雛?どうしたのだ、ボーッとして」
「ありがとう翼。おかげで私、今日は徹夜で編み物をすることになりそうだよ」
「ぬ?編み物?」
「うん。だから明日学校休むかもだけど許してね。それじゃっ」
「!?雛それどういう意味…って行っちゃった…」





**





「(…よしっ)」

時刻は夜8時過ぎ。真っ暗な夜空の下、私は携帯電話である番号に電話を掛けた。プルルル…という音が数秒響き渡る。…ああ、この人に自分から電話するのはもしかして初めてかもしれない。こんなに長い付き合いなのに。

『…もしもし?』
「もしもし、一樹会長ですか?私です、雛です」
『!お、おぉ…お前から電話してくるなんて珍しいな。どうした、何か用か?』
「はい。一樹会長、今すぐ私のいるところまで来て下さい」
『な、何?私のいるところまでって…お前今どこにいるんだ?寮にいるんじゃないのか?』
「私は今、牡羊座寮の屋上にいます」
『!?なっ…そこは立ち入り禁止のはず…』
「生徒会長様が許可してくれれば問題ないです。一樹会長、いいから早く来てください」

キッパリとその一言だけを伝えれば、一樹会長のわ、分かった今すぐに行くという慌てた返答が携帯電話を通して聞こえた。その返答を最後に私はピッと電話を切る。…一樹会長も今は部屋にいただろうから、彼が屋上に来るまであと10分ぐらいだろうか。

「はあ…、」

緊張する。どうしようもないくらい。自分から呼び出しておいて何やってるんだろう私は。あの言葉を聞いてから1日でこれを仕上げたなんて…自分気持ち悪過ぎだ。むしろこの成果を是非みんなに自慢したいくらいだ。

「ー…雛!」
「!か、一樹会長…」

ガチャっとドアの開く音がしたと思えば、そこから一樹会長が走り込んできた。荒い呼吸を繰り返す彼の額に流れる汗。…どうやら結構なスピードで屋上まで走ってきたらしい。電話して3分で到着なんて驚きだ。私は「急に呼び出したりしてすみませんでした」と軽く頭を下げ、流れる汗をハンカチで拭ぐってあげた。

「だ、大丈夫だ…お前から呼び出してくれたのが嬉し過ぎて全速力で走ってきただけだから」
「…大袈裟ですね。私だって用があれば呼びますよ」
「んなこと言って俺のケー番を着信拒否にしたのはどこの誰だった?」
「それは一樹会長が1日に何十件も電話してくるからでしょう」

ああもう面倒くさいなあ…どれだけ根に持ってるんですか。あの時あれだけ謝ったのに…。何だか気分を削がれた私はため息を一つつき、一樹会長の後ろに回った。

「?雛?」
「一樹会長、後ろ向いちゃダメですよ」
「は?」

困惑する一樹会長を尻目に、私は鞄から真っ白なマフラーを取りだし彼の首にぐるぐると巻いた。

「!雛、これ…」
「熱中症になってどうぞ倒れてしまってください一樹会長コノヤロー」

6月下旬というこんな時期に手編みのマフラーを贈るなんて、自分でもバカだなあって思うけれど。手作りの何かが欲しいって言ったのは一樹会長だ。自分の言動を是非反省していただきたい。

「…雛、」
「何ですか?言っておきますけど返品されても困…」

ぎゅう。言葉の続きを発する前に私は一樹会長に腕を引き寄せられ、そして抱きしめられた。な、何ですか急にと慌てて問えば雛、ありがとな。俺は今すごく嬉しいぞなんて笑顔で返された。…え?マジで?

「……真夏にマフラーもらって喜べるなんてきっと一樹会長だけですね」
「ただのマフラーじゃないからな。これはお前の俺への愛がつまった手編みのマフラーなんだ、嬉しくないわけないだろ」

愛のって…まあ訂正するの面倒くさいしいいや。あとどうでもいいですけど一樹会長、一樹会長が私の耳元で喋るせいで何かぞわぞわするんですが。もっと離れて下さい。そう伝えれば何故か耳をがぶりと噛まれた。…マジで何考えてんだこの変態は。思わず身を引き距離をあけたつもりだったのが、逆に一樹会長に壁際まで追い詰められる体勢になってしまった。

「か、一樹会長…」

カシャン。フェンスに背中が軽く当たる。目の前にはいつになく真剣な表情の一樹会長。そして私の顔の両脇にある彼の長い腕がフェンスの網を掴んだ。…どうしよう、一樹会長から視線を外せない。キス、してもいいかというその囁きについ頭がくらくらしてしまう。

「…こんなところで、ですか」
「こんな二人きりの状況だからこそだ」
「ふ…二人きりじゃありませんよ」
「何?」
「つ、月が…見てます」

恥ずかしさ故にそう言葉を紡いだ私に、一樹会長がくすりと笑う。いつもみたいな柔らかい微笑みじゃなくて、少し影を射したような微笑みで。じゃあお月様には見せつけてやらなきゃなと言って、私の唇に口付けを落とした一樹会長は何だかいつもより大人びて見えた。月明かりに照らされた私たちの姿を、お月様はどう思ってるのだろうか。そんなことを考えながら私は痺れるように甘いその口付けに応えた。









空想レッテル


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