「雛ちゃんありがとう!すっごく嬉しいよ」
「ほ、本当ですか?」
「うんもちろん!本当にありがとう、雛ちゃん大好きっ」
ぎゅう。キラキラの笑顔の月子先輩がバッと両手を広げ、私を抱きしめた。う…く、苦しい。月子先輩、力強すぎです。流石は弓道部の紅一点ですね。学園唯一の女子生徒二人が抱き合う姿を見て、廊下を通りすがる男子達が微妙な視線を向けてくるのが何となく分かった。すみませんねえ男子諸君、月子先輩一人しめして。
「雛ちゃん、弓道部の皆にはもう渡したの?」
「あ、実は誉先輩にはまだなんです。月子先輩、誉先輩がどこにいるか知ってますか?」
「えっと…確かさっき弓道場の近くの水道にいるのを見た気がするなあ」
そうなんだ…ならさっそく渡しに行こうかな。まだ昼休みが終わるには時間があるし。私は月子先輩にピンク色のお守り袋を手渡し、その旨を伝えたうえで「インターハイ、頑張って下さい。私、当日会場まで応援に行きますから」と笑顔を向けた。

「本当?雛ちゃんが応援に来てくれるなら百人力だなあ〜」
「あはは、そんな大げさな…」
紙袋をぎゅっと両手で握りしめ、私は「それでは行ってきます」と月子先輩に背を向けた。後ろから月子先輩の頑張ってねという明るい声が聞こえた。紙袋に入っているお守り袋は残り一つ。…自然と私の足取りは軽いものへとなっていた。




**




「(……いた、)」
月子先輩の言う通り、お目当ての人物はそこにいた。誉先輩は弓道場の前に立ち尽くし、ぼんやりと空虚な視線を向けていた。透き通った水色が風にさわさわと揺れる。
「…誉先輩、」
「!雛ちゃん?ど、どうしたのこんなところで」
「誉先輩に会いに来たんです」
「えっ…」
僕に?と驚いたように目を丸くする誉先輩に、私は持っていた紙袋から青色のお守り袋を取り出し手渡した。何か説明するよりはこうしたほうが早いだろう。私は「インターハイへ出場する誉先輩へ、餞別の品です」と早口で言葉を紡いだ。…やっぱり誰かに贈り物をするのって照れる。まだ不慣れなものだ。

「ありがとう。これ、雛ちゃんが作ったの?」
「はい。…すみません、歪で」
「ううん、すごく素敵だよ。売り物として売っててもおかしくないぐらい」
そ、そんな大げさな…。誉先輩の社交辞令だと分かっていても、全力でその言葉を否定してしまう自分が少し情けない。本当に低クオリティーでごめんなさい。

「…ふふっ、そうか。一樹が言ってたのはこういう意味だったんだね」
「?どういうことですか?」
「一樹が少し前からずっと言ってたんだ。弓道部が羨ましい、というかムカつくってね。そりゃもう悔しそうに」
「!…」
か、一樹会長め…そんなことを誉先輩に言ってたのか。それじゃほとんど私が弓道部の皆のためにお守り袋を作っていたっていうのをばらしてるようなものじゃないか。…あとで一樹会長にはよく話を聞かないと。一樹は本当に雛ちゃんのことが大好きなんだね。と微笑む誉先輩に私は曖昧な反応を返しておいた。うーん、どうなんだろ…

「…まあ、一樹会長の話は今どうでもいいんです。それより誉先輩、右手を貸して下さいますか?」
「?」
首を傾げながらも誉先輩は右手を私のほうに差し出してくれた。私はその手首のあたりにあるものをキュッと巻きつける。
「!雛ちゃん、これ…」
「ミサンガです。誉先輩には特別に作りました」
誉先輩にとってはこの夏が最後だから…後悔のないように弓を引いてほしい。私は誉先輩の手をぎゅっと握り、彼の真ん丸な瞳を覗き込んだ。

「…誉先輩は立場上、結果を他人に強く求められるかもしれません。でも、私は結果だけが全てじゃないと思います。結果よりも…誉先輩がちゃんと自分の弓を貫き通すことのほうがずっとずっと大事なことです」
だから…あまり自分を追い詰め過ぎないで下さい。誉先輩の周りの人間は、何もそんなことばかり気にしているような人達じゃないんですから。時には自分の弱さも認めてあげて下さい。月子先輩も龍之介先輩も隆文先輩も弥彦先輩も梓も伸也くんも、きっと支えてくれますから。
「誉先輩が最後の大会を楽しむことが出来るように、私は祈ってます」

そう私が微笑めば、誉先輩も「…うん、ありがとう。頑張るね」と微笑み返してくれた。そして彼の大きな手が私の頭をゆっくりと撫でる。その優しい感覚につい抵抗することさえ忘れてしまう。
「誉先輩…?」
「…不思議だね。雛ちゃんの笑顔を見ると何だか安心しちゃうんだ。その笑顔に、僕は何度も救われてる」
プレッシャーに弱い自分を僕はずっと心のどこかで責めてたんだ。僕は…自分を見失っていたと言葉を紡いだ誉先輩。私はそんな彼の手を強く握りしめた。…あなたが私なんかの笑顔で救われると言うのなら、私はどんな時でも笑顔でいようと思う。私で力になれることがあるなら、私は何でもしたいと願うから。





空想レッテル


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