「…どうしよう…」

これでは前回と同じ始まり方ではないかとか、そんなことはどうでもいい。そう、また私は同じことで悩んでいた。……やっぱり恥ずかしいのだ。どう考えても私みたいなキャラの人間じゃ、素直にこの手作りのお守り袋達を渡すことなんか出来ない。どんな顔をしてどんな言葉を添えて渡すべきなのか分からない。でも、颯斗先輩に前回色々アドバイスを貰った限りはちゃんと弓道部の面々に渡したい。…相反する気持ち。さて、私はどうすればいいのだろう。

「ぬ?雛どうしたのだ?」

ため息をつけばそれに反応を示した誰かさんの言葉。何でもないよ、と返したところで翼は納得してくれない。…これは翼の性格なんだろうけど、私にだってそっとしてほしい時くらいあるのだ。正直ほっておいてほしい。

「あ、お守り袋完成したんだな!おめでとうだぬーん」
「う、うん…まあ結構時間かかっちゃったけどね」
「ぬはは、これでやっーと皆に渡せるな!おーい、梓〜雛が梓に渡したいものがあるって…」
「ぎゃあああああ!!」

ニコニコと教室の後ろのほうにいた梓に向かって手を振る翼に、私は一樹会長直伝の鉄拳をくらわせてやった。「ぬわ!?な、何するのだ雛っ」とか私を非難するが、これは当然の報いだ。どうしてくれるんだ本当。私には心を落ち着かせるための時間がまだまだ必要たったのに。

「ちょっと翼!何で言っちゃうの!」
「ぬぬ?だってお守り袋は完成したんだろ?」
「そ、それはそうだけど…」
「一体何の話をしてるの?」
「!げっ梓……」

ひょいと顔を出した梓はこてりと首を傾げた。…どうやら私と翼が話していた内容は聞かれていなかったらしい。ああ良かった!隣で「雛が弓道部のみんなのためにお守り袋を作ってることは、ちゃんと約束通り秘密にしてたぞ!」と若干どや顔の翼にはまあ…一応感謝をしたい。一応、だけど。「お礼になでなでして〜」と媚びる翼の紫色の頭をわしゃわしゃと撫で回す。何だ君は犬なのか。なにこの状況。

「ほら雛、梓に渡してあげるのだ」
「!う、うん…」
「え?」

こんな風に顔をぽかーんとさせる梓は珍しい。同じ宇宙科で仲良くしてから今まで見たことない表情だ。…少し面白いかも。ただここで笑うような余裕は今の私にない。今、私の心臓はドキドキとすごいスピードで脈を打ってるのだから。ずっとこんなスピードで脈打てばそのうち死んじゃうじゃないかってくらい速い。ああ、どうしよう。何だか身体が火照ってきた。

「あ、あの、ですね…」

いつも仲良くしてる友達だから。こうして手作りのものを直接渡すのが、照れ臭くて仕方ないのかもしれない。これまで他人に贈り物を渡すことなんて、私はしてこなかったから。こうすることに不慣れで戸惑ってるのかもしれない。…様々な要素が絡み合って今大変な状況にあるのだと、沸騰しかけの頭の片隅で考えた。

「こ、これあげる…!」
「…?何これ?僕が貰っていいの?」

コクコクと首が千切れんばかりに首を縦に振れば、梓に「ちょっとは落ち着いてよ」とくすりと笑われた。その梓の仕草に少し一息つく。…大丈夫だ自分、梓に言われた通り落ち着くんだ。こういう時だよね?手のひらに人って漢字を書いて落ち着くって手法をとるのは。「え、っとその…インターハイ、頑張ってください…」と消えるようにたどたどしく言葉を紡ぐ自分が情けない。

「インターハイ頑張ってって…ああ、なるほどね。このお守り袋は僕への餞別ってことか」
「う、うん…」
「最近雛が何か隠れてこそこそやってると思ってたら…こういうことだったんだね」
「…!!」

き、気付いてたんだ…。梓は相変わらず勘がいい。でも、結局はばれてなかったみたいで良かった。…他の弓道部の面々にもばれてないのかな、ちゃんと一樹会長は黙っててくれてるかな。ちょっと不安だ。そんなことをぼんやり考えていると、梓がじーっとこちらを見つめていることに気付いた。え?な、何?

「あ、梓?」
「可愛いね」
「…へ?」
「これを渡すってだけで、そんなに顔を真っ赤にして慌てる雛が可愛い」
「………」

可愛い。…そんな言葉、今まで言われたことない。さらに顔がかああっと熱くなるのを感じる。や、やだな…こういう時は完全に梓のペースにのせられてる。別に梓の冗談だって、ちゃんと分かってるのに。

「ほら、またそうやって顔を赤くする」
「っ…こ、これは違…」
「へえ、何が違うの?」

……梓は機嫌が良くなるのに比例してドS度が増す気がする。前にもこんなことあったもん。そして当然、私はこういう時の梓には勝てない。「ぬー雛を苛めるなあ梓!」「苛めてなんかないよ」と言い合いをする翼と梓を尻目に、私はぱたぱたと手で顔を扇いだ。は、早く顔が赤いのおさまれ…!このままじゃ梓にまたバカにされちゃう…!

「雛、」
「な、なに?」

胸元のリボンに置かれた手。その色白い手がグイッとリボンごと私の身体を引き寄せる。気付けば鼻が触れ合うほど近い距離まで迫った梓の顔。ち、近過ぎる…何なんだこの距離。私が何か言葉を発する前に、梓は私の耳元に小さな声でぼそりと囁いた。

「ありがとう。これ、大事にするよ」

お守り袋をきゅっと握りしめ、梓はふわりと微笑む。…私もちゃんと自分の今の気持ちを梓にもっとたくさん伝えたいのに。私は言葉数少なくしか出来なかった自分をちょっぴり恨む。…だって梓がインターハイを前にして自分の弓道について悩んでること、私は知ってるから。だから、このお守り袋をあげたかったのに。なかなか気持ちが上手く伝えられない。

「……梓、」
「なに?」
「私、翼とインターハイに応援にいく」
「え…?」
「ぬぬ?俺、雛とそんな約束してたか?」
「今、私が決めたの。私…梓のこと、最後まで見守りたいから」

だから、頑張って。拙い言葉だけど、どうかこの気持ちが少しでも梓の力になれますように。私はぐらりと揺れる梓の瞳の中の光を見つめ、ただ強く願う。…二人が来るなら不様な姿は見せられないよね、と微笑む彼は今どんな心境なのだろう。私のこの気持ちは重荷になってしまっただろうか。








空想レッテル


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