「はぁ……」

朝っぱらから龍之介先輩の前で泣いてしまうという何とも恥ずかしい醜態を晒してしまった日、私はまた一限から授業をサボっていた。これじゃまた梓にお説教されるかなとも思ったけど、こんな泣き過ぎてボロボロになってしまった顔を見られたらそれこそ梓と翼に心配をかけてしまう。…もう少し落ち着いたら教室に顔を出そう。そう決めてしまえば授業なんか出る気ゼロ。やることもないし、何となくのんびり昼寝したりしていればー…

「ふわあ、よく寝た……って、あれ?12時30分??」

そう、なんと既に時は昼休み過ぎになっていたのだ。う、わ…やばいやばい!そろそろ活動し始めなきゃ…

「ぐあっ!」
「へっ、どうした?そっちからかかってきたわりには手応えねーじゃねーか!」
「っ、七海てめえ…!」
「!……」

…げっ、変なところに出くわしてしまった。聞こえてきた声にひょいと顔を覗かせれば、そこには案の定哉太先輩がいて。そしてその周りにはガラの悪そうな上級生が5人立っていた。が、彼らは哉太先輩にボコられて少しじろいでいるように見えた

「(哉太先輩、また喧嘩してるのか…よくも飽きないなあ)」

…いつもだったらあの哉太先輩側に私もいるんだろうけど、相手はただの上級生。私は月子先輩に悪さする男子生徒にしか興味がないから、そのへんは少し哉太先輩とは目的…というか喧嘩する理由が違うとも言える。…このまま通り過ぎようかな。あんまり面倒ごとには巻き込まれたくないし。そう心のなかで言い訳をして立ち去ろうとしたその瞬間、状況は一変した

「!う、っ…」
「!」

突然、哉太先輩が胸元を掴んでその場に膝をつくように倒れこんだのだ。ま、まさか哉太先輩、発作が起きて…

「…?どうした?七海哉太君よぉ」
「……っ」

今まで哉太先輩にボコボコにされていた上級生はニヤリと笑みを浮かべた。こういう時に限って頭の回転は早いようだ。哉太先輩が身動きの取れないのを良いことに、彼らの仲間内の1人が一発蹴りを哉太先輩に入れようとしていた。っ、やばいこのままじゃ…。いてもたってもいられなくなった私は両手を広げ、哉太先輩を庇うようにして前に立った

「や、やめてください」
「!?雛お前…」
「ん?てめえは確か一年の…」
「星月学園二人めの女子生徒、ですよ。先輩方」

哉太先輩と上級生達の間に立ったまま「もう喧嘩はやめませんか?哉太先輩、今は戦える状況じゃないみたいですし」と至極当然の意見を彼らに提案した。が、上級生達には「殴られた分、俺達が倍返ししたらやめてやるよ」と鼻で笑い返された。…ムカつく。私、こういう輩は好きじゃない。よくも体調の悪い人間にそんなことをしようと思えるな。良心が痛まないのか

「……分かりました、」
「あ?」
「そっちがその気なら私が代わります。あなた達をどうにかしないと、哉太先輩を保健室に連れていけないみたいなので」
「!なっ…」

そう一言置き、私は目の前の男子生徒の腕を掴み彼の足元を払った。急なことに驚いたのか、彼がぐらりと身体のバランスを崩したところで私は彼をダン!と背負い投げた。そして続けて呆気に取られていた様子の金髪の男子生徒の懐に入り、申し訳ないが鳩尾を軽く殴らせてもらった

「ぐっ…!」
「な、何だこの女強ェ…」
「ハ、ゴリラ女とでも言って下さいな先輩方?」

さっきの哉太先輩との喧嘩で彼らが既にボロボロだったこともあったため、すぐにこの騒動は終わった。私に背負い投げられた彼らも当然、すぐには起き上がれる状態にないようだ。…残るところ先輩お一人を除けば

「ー…もう一度だけ言います。先輩方、今日のところは早くお引き取り下さい」

私が無表情にそう吐き捨てれば、既にその先輩はすたこらと逃げ去っていた。情けない背中だけが見える。そして、それに遅れて彼の後に四人の先輩もよろよろと続いて逃げて行く。…自分で引き下がってくれって頼んでおいてなんだけど、男のくせにヘタレだなあ。あれ三年生でしょ?哉太先輩という後輩や、まして女の子に負けるなんて…。ハァとよく分からないため息をつきつつ、私は膝を曲げ哉太先輩と視線を合わした

「…大丈夫ですか?哉太先輩」
「っ、…」
「落ち着いてゆっくり呼吸をしてください。大丈夫ですから」

哉太先輩の背中をゆっくり擦れば、哉太先輩はスーハーと何回かゆっくり深呼吸を繰り返した。…これが重い発作なのかは私には分からないけど。保健室にすぐ連れて行くよりは、発作がある程度おさまってから行ったほうがいいだろう

「哉太先輩、少しは落ち着いて…」
「…良かった」
「え?」
「また…発作起こすとこ、見られたのが…月子や錫也じゃなくて、お前で…良かった」
「!…」

「俺…あいつらにはあんま心配かけたくねーからさ」という心からの言葉。私は哉太先輩の蒼白くなった顔を見つめ、は内心それに同意した。…誰かに心配してもらえるってことはとても贅沢なことだけれど、私としてもあまり心配や同情を他人にあまりされたくない。それが自分の大事な人ならなおさら。自分に関わることでその人に傷付いてほしくないし、あまり負荷をかけたくない。でもー…

「それでも…錫也先輩や月子先輩は心配したいんだと思いますよ」
「…え?」
「二人に何かを背負わせたくないっていう哉太先輩の気持ちは正しいと思います。でも…きっとどっちにしても答えは同じなんです。結局、錫也先輩と月子先輩は傷付きます」
「!」
「遠ざけても、自分の心に深く立ち入らせても…どっちにしても苦しいし辛い。それは三人がお互い大事な関係にある限り変わらないはずなんです」

人と繋がるっていうことはそういうことだから。楽しいことや嬉しいことばかりを共にする関係なんてありえないから。だから…哉太先輩が1人で無茶しても意味ないのだ。きっとあの二人にはお見通しなのだから。そうお節介ながら言葉を紡ぎ、哉太先輩の肩に手を回し彼を立たせる。哉太先輩はそれに「…そうかもな。俺と錫也と月子は切っても切れない縁だし」とやんわりと苦笑いを浮かべた。ふらふらとしている哉太先輩を支え、私は一歩一歩進む。…流石に高校生男児の身体は重いなあ。私1人で保健室まで連れていけるだろうか

「あー…哉太先輩、」
「何だ」
「また喧嘩するようなことがあったら私を呼んで下さい。加勢しますから」
「!……ハ、お前の助けなんかいらねーよ。大体女が喧嘩なんてするもんじゃねーし」
「そんなこと言って…絶対私のほうが哉太先輩より強いですよ」
「はあ?な、何だよ!嘘つくんじゃねーよ!」
「嘘じゃないですよ」
「何言ってんだ、俺のほうが強いに決まってるだろ!俺は男だし!」
「性別は別に関係ないじゃないですか」

…こんな私たちのやり取りが保健室へ辿り着くまで続いたというのはまた別の話


絆の形は人様々





空想レッテル


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