『宮地くんは雛ちゃんのこと……あまり好きではないのかな?』

いつか部長に言われた言葉。俺がどうしてそう思うんですか?とその真意を聞けば、宮地くん、雛ちゃんが弓道場に来るのあんまり快く思ってるようじゃないから…と控えめに返された。…確かに俺は、彼女が此処に来ることがあまり良いことではないと思ってる。しかし、それは決して"彼女が嫌いだから"というわけじゃないのだ。むしろ過剰なくらい他人に気をつかって生活している心優しい彼女を…ちゃんと自分の意思を持って何事にも真っ直ぐ進んでいける彼女を、俺はどちらかと言うと気に入っている

「…渡邉、」
「あ、龍之介先輩おはようございます。今日は随分早いですね」

朝練に来る弓道部のみんなの邪魔したくなかったから、こうして早めに来たのになあ。と苦笑いを浮かべ、渡邉は手に持っていた弓を下ろした。的の中心には既に数本の矢が刺さっている。…む、毎日弓に触れているわけではないのに相変わらず良い腕をしている。どうやら中学時代に大会で名を連ねたという彼女の腕はまだ衰えていないようだ

「…これじゃ毎日練習を重ねている自分達が馬鹿らしく思える、なんて木ノ瀬が言いそうだな」
「あはは…確かに梓なら口先ではそう言うかもですね」

でも、実際練習することの大切さを一番知っているのも梓なんですけどね。と言葉を重ねる渡邉に、俺は内心首を傾げた。…いつも俺にそれと相反することばかり言ってくるのは他ならぬ木ノ瀬だが、そんなにハッキリ断言出来るところを見ると"渡邉だけが知っている本当の木ノ瀬"はそうなのかもしれない。どちらが本当のあいつなのかは分からないが

「あ…すみません。練習時間を削ってしまって」
「いいや、それは構わないが…渡邉、お前はその…また何かあったのか?」
「えっ…?」

びくりと身体を震わせ、な、何でそう思うんですか?と尋ねてくる渡邉に俺は「お前が此処に来て弓を引くってことはそういうことだろう?」と淡々と返した。…そう、俺がこいつに弓道場に来てほしくない理由はこれなのだ。渡邉はいつも決まって何か辛いことや悲しいことがあった時に限って、弓を引きに来るから。高ぶる感情を抑えたい時に限って、此処に来るから。俺としては彼女が此処に来る度に何かまたあったのかと心配になる。彼女の何かを耐えているような苦しい表情が…頭に残るのだ

「……すみません、」
「…別に謝ることじゃない」
「でも、結局龍之介先輩の心に負荷をかけてます」
「それの何が悪いんだ。…むしろ俺はもっと頼ってほしいと思ってる」
「!え…?」

何かに自分の感情をぶつけることは決して間違ってることじゃない。弓を引くことでこいつの気が晴れるなら、それでもいい。だけどー…

「だけど、いつも1人で我慢したって仕方ないだろう。俺はどうせなら此処に笑顔で来るお前が見たいんだ」
「!っ…」

そう言ってやれば雛は顔を俯かせ、そしてその真ん丸な瞳からぼろぼろと涙を溢した。とたんに俺はギョッと目を見開く。な、何でだ…!

「お、おい!俺はお前の笑顔が見たいと言ったんだぞ!?」
「っ…分かってます、よ」
「じゃ、じゃあいい加減泣きやんでくれ」

泣いてる女を目の前にした俺はその場でおろおろとするしか他ない。う、どうすればいいんだこういう時は…!俺にはよく分からんぞ…!

「…龍之介、先輩」
「!な、何だ?」
「私……みんなの前でちゃんと笑えるまで、きっともっと時間が要ります。だから…」

それまで、龍之介先輩は待っててくれますか?とまるで親に怒られてしまった時の子供のような、そんな情けない表情を浮かべる渡邉。俺はそんな彼女に「…あぁ、それまで此処で待っててやる」と返し、彼女の頬を濡らす涙を真っ白なタオルで拭ってやった。…不器用な俺なりにお前に何か伝えてあげられればいいのだが。俺はせめてもの気持ちとして、彼女が落ち着くまでそばにいてあげようと心のなかで誓った。言葉が出てこないなら、それに見合った行動をすればいい。これは俺の持論だ








空想レッテル


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