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『私には無理だよ。だって私は取り返しのないことをしてしまったんだもん。…自分が傷付きたくないが為に他人を傷付けた』
『無理じゃない。他人を傷付けてしまったことでその痛みを知ったお前だからこそ、出来ることがある』
『出来る、こと…?』
『そうだ。お前はきっと"お前と同じように傷ついた人間"に優しさを与えられる』
『…そんなの、偽善だよ』
『違う。それは"優しさ"だ。…傷付くこと傷付けることの苦しさや辛さを知っているお前だからこそ、他人の"それ"に気付くことが出来るんだ』
ー…その言葉を彼から初めて与えられた時、私は上手くその言葉を飲み込めなかった
だって、全てをなくした私はそんな考えを思い付くことがなかったから
『雛。お前は"何"がいかに人を傷つけるか、その傷がどんなに人の心を痛めつけるかを理解して共感して…そして思いやることができる。それは"優しさ"なんだ』
『一樹、くん…』
近所の男の子に、私は本当の優しさというものを教えられた
義理の父親に家庭内暴力を受けた末に見放され、1人になってしまった私に
私の代わりに"昔の私の居場所"で大切にされている義理の弟に、ひどい言葉を浴びせてしまった私に
一樹くんは…一樹会長は、一つの光をくれたんだ
「(でも結局、上手くはいかなかったかなあ…)」
馬鹿な私は"自分を傷付けた他人"に興味をもつことが出来なかったから
周りが…"傷ものの私"に興味をもつことがなかったから
…1人でいることが楽さに昔も今も甘えてしまっているから
私はそれからも特に行動を起こそうとは思わなかったー…
*
「ー…雛、」
「!一樹、会長…」
「なかなか携帯に連絡がつかなかったからまさかと思ったが…こんなところにいたのか。探したんだぞ?外はもう冷える、寮に帰ろう。俺が送ってってやる」
「………」
「…よく屋上庭園(ここ)に私が1人でいるって分かりましたね」と忌々しげに呟けば、「他ならぬお前のことだからな」とよく分からない返しがきた
…星詠みの力のおかげなのかどうかは分からないけど、一樹会長がいつも私のこと見つけてしまうのは確かだ
いつもいつも…私がこうして落ち込んで1人でいる時に、一樹会長は必ず駆けつけてきてしまうのだ
「雛、」
「……っ」
膝を丸め座り込んでいた私に、一樹会長が手を差しのべる
が、私はその手をやんやりと払いのけ代わりにぎゅっと自分の制服のスカートを握った
「何で…一樹会長はいつも、そばにいてくれるんですか?」
「…雛?」
「私は…生徒会のメンバーでもありません」
「?そんなこと言われなくても分かってる。…もちろんお前が生徒会にも部活にも委員会にも入らない理由も」
「!っ…」
「それらを全部知ってる俺を避ける理由がまだ他にあるのか?」
「…ありますよ。私は…一樹会長のこと好きだから、だから離れていたいんです。一樹会長には…私から距離をあけてほしいんです」
「…何だそりゃ、矛盾してないか?」
「矛盾、じゃありません。ちゃんと繋がってます。だって、私には…一樹会長は"もったいない"です。私…一樹会長の素敵なところ、いっぱい知ってるから…」
もし、私が彼と同じような人間だったなら良かったけど…実際はそうじゃない
一樹会長は……私なんかが独り占めしちゃいけない存在なんだよ
私のような人間は…一樹会長みたいな人間に近付いちゃいけないんだよ
唇を噛みしめ顔を俯かせた私はすくっと立ち上がり、一樹会長から一歩退いた
がー…
「!わ…」
一歩退いた瞬間、すぐに腕を強く引かれ私は一樹会長の胸の中に
腰に回された彼の長い腕が私を強く抱き締める
「か、一樹会長…?」
「…雛、俺が星月学園に来たお前と初めて会った時、俺が何て言ったか覚えてるか?」
「?な、何ですかいきなり…」
「いいから。…ちゃんと、覚えてるか?」
「……覚えてますよ、もちろん」
だってあの時、私はすっごく悔しかったんだから
…一樹会長の力になりたくて星月学園に入学したのに、結局一樹会長に助けられてしまうなんて…本末転倒も良いところだ
『お前は1人じゃない。お前の居場所はちゃんと"ここ"にある。俺が…お前のそばにいてやるから。だから大丈夫だ』
その言葉は今も私の胸の中に生きている
いつもいつも反芻しては、私は貴方の笑顔を頭に浮かべているから
「雛、俺はあの時と今も同じ気持ちだ。俺がお前のそばにいてやるから…だから大丈夫だ」
「!っ…」
「それに俺を過大評価してくれるのはありがたいがな、雛。俺の方こそ"お前みたいな良い女を独り占めするのはもったいない"と思ってるぞ?」
「…?な、何でそんな…」
「何でも何もない。…だって俺をあの時救ってくれたのは雛、お前だろう?」
「星詠みの力に苦しんでいた俺に"私が幸せにしてやる"なんて男前な台詞を言ってくれた女は誰だっけか?」なんて一樹会長は小さく笑う
そ、そりゃそんな台詞吐いただろうけどさ。そんなに笑わなくても…
「というかあの、一樹会長…私の話聞いてました?私は…一樹会長から距離あけたいんですよ?」
「バカ、そんなのは無理だ」
「は、はい?」
「俺はお前を離す気なんかこれっぽっちもない。つまり、お前はこれからも俺からは離れられないわけだ!」
「!………」
…相変わらず強引だなあ。一樹会長の前だと悩んでることが馬鹿馬鹿しくなってくる
「…じゃあ私はこれからも一樹会長の隣にいていいんです、よね…?」と恐る恐る聞き返せば、一樹会長は返事の代わりにニヤリと笑みを返し
私の顎をくいっと持ち上げ、そのまま口づけをおとしてきた
「!?か、ずきかいちょ…」
「いいから集中しろ」
しゅ、集中しろと言われても…
戸惑う私に一樹会長は角度を変えては何度も唇を重ねる
…そして、その少し強引で優しい口づけにどことなく幸せを感じてしまう私がいる
ああ、私ってばこんなに簡単な人間だったのか
「(……惚れた弱み、ってやつかな)」
やっぱり、私には一樹会長くらい自分勝手な人じゃないとダメなんだと思う
…だって実際、私は一樹会長にいつもこうして救われてるから
私は目の前にいるこの人を…愛しているから
感じる温もりは今日も愛しい
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