ガラッ、
「…失礼しまーす、直獅先生いらっしゃいますか?」
「んー?渡邉じゃないか。どうした?」

何とか一樹会長に捕まらずに職員室へと辿り着けた私は、直獅先生の元につかつかと近付いた。そして彼の机の上に手持ちのプリントやら教材やらをドサリと下ろした。すると「え?これを何で渡邉が…」なんて直獅先生は目を丸くする。…そりゃそうか、当たり前のリアクションだ

「これ、直獅先生のものでしょう?届けに来ました」
「は?えーと…?俺は確かこの資料を水嶋に貸してた、から…」

「ってことは……お前をパシったのは水嶋か!水嶋あああ!」と怒声をあげる直獅先生に、私は負けじと「ちょっ、違いますって!」と声を張り上げた。私から言い出したことなのだ、水嶋先生に迷惑をかけるわけにはいかない

「こ、これは私が"水嶋先生へお礼をしたい"って言って勝手にやったことなんです!だから水嶋先生のせいじゃありません!」
「へっ…?お礼って…水嶋がお前に何かしたのか?」

不思議そうな顔をする直獅先生に肯定の意を込めて、私は「まあ…励ましてもらったって感じですかね」と曖昧に微笑んでおいた。…間違ったことは言っていない。私は直獅先生の机を埋め尽くしていた参考書やプリントをおもむろに整理し、持ってきた教材が崩れ落ちてしまわないように配置した。すると何枚かのプリントに目が引かれる

「…直獅先生、これってもしかして来週から始まる学期末のテスト問題ですか?直獅先生が担当なんですね」
「!お、おい何見てるんだよおおお!だ、駄目だ!これは今度の学期末にうちのクラスで出すテストなんだから!」
「あはは、直獅先生の担当は天文科でしょう?一年宇宙科の私が見たって何の問題もないですよ」
「それでも倫理的にダメなんだ!」

ぐいぐいと背中を押され、私は直獅先生の机から離れたところに追いやられた。え〜…天文科のテスト範囲とか興味あったのに…

「…いいなあ、私も天文科に入れば良かったかなあ」
「!えっ…な、何だいきなり?」
「だって天文の分野ってなんか楽しそうですもん。それに天文科の人達ってみんな賑やかそうな人ばっかりだし…直獅先生だって授業してて楽しいんでしょう?」
「あ、ああなるほど…。確かにあいつらは皆良い子ばっかりだからなっ。渡邉が天文科に入りたいと思うのも無理はないかもな!」

そういえば、この前も梨本と七海がなー…なんて天文科の生徒1人1人の名前をあげ話をしてくれる直獅先生。彼のそのまっさらな笑顔から、彼が本当に天文科のことが好きなんだなってのが伝わってきて…私はこんな先生を担任に持つ天文科が、なんだか少しだけ羨ましくなった

「?渡邉、どうした?」
「!え…?」
「なんかボーッとしてたみたいだけど…」
「あ、いいえ別に何でもないです」

咄嗟に取り繕うような笑顔を浮かべた私に直獅先生は少し驚いたような表情を見せ、…あっ、そういえばさ…と小さくポンッと手を打った

「渡邉お前、夜久のように生徒会とか弓道部とかに入ったりしないのか?」
「……何ですか藪から棒に」
「だって生徒会は不知火や天羽ってお前と仲良くしてる面子が集まってるし…弓道だって、お前は中学時代に大会で名前を残したぐらいの実力者だろ?」
「…そんなの、昔の話です。賞をもらえたのだって一度だけですし」

大体、直獅先生には関係のない話でしょう?と決して嫌味っぽくならないように言葉を紡げば、「関係ならある!俺は弓道部の顧問だぞ!」と少し誇らしげに返された。…そうか。直獅先生、滅多に弓道部に顔出さないから完全に忘れてたわ

「渡邉お前、高校時代の間に何もしないなんてもったいないぞ?ちゃんと青春しなきゃダメだ!」
「………」
「いや、そこは何か反応してくれよ…というかそんな嫌そうな顔するなって…」
「…直獅先生が私を気にかけてそう言ってくれるのは嬉しいですけど。私は誰に言われようと、生徒会にも弓道部にも入る気はありません」

直獅先生、すみません…と頭を深く下げれば、直獅先生は「そ、そんなお前が謝ることじゃ…」と少し慌てた様子を見せた。…相変わらず直獅先生はとても優しい人だ。気持ちを押し付けるだけじゃなくて、ちゃんといつも選択肢を与えてくれている

「…直獅先生、」
「な、何だ?」
「私は…今のままで十分なんです。別にそういう輪の中に入りたくもないし、私じゃそんなこと"出来ません"」

星月学園のみんなが優しい人間なんだってことは分かってる。こんな私にいつもたくさんの大切なものを与えてくれるのは、他ならぬ星月学園のみんなだってことも分かってる。…だけどそういう輪の中に入って裏切られたら、と。どうしても考えてしまう。もし私が自分で知らないうちに誰かを傷付けてしまったら?もし私が自分で知らないうちに誰かに嫌な思いをさせてしまったら?…誰かに執着してしまうことほど、難しいことはないから。私はこれからもみんなとは付かず離れずの距離を取らなきゃいけない。深入りはー…したくない

『ー…頼む、俺と辰巳の前から姿を消してくれ。もうその顔を…俺に見せないでくれ』

家族という"枠組み"だってなんだって、そんなものは脆く崩れさってしまうもの。それなら私は今まで通り1人でいたほうが気楽でいい。私はみんなを"外"から眺めていられればそれがいい

「…直獅先生、そしたら私そろそろ寮に戻りますね?
「!あ…そ、そうか。それなら俺が送ってやるぞ!」
「え?」
「生徒達を信頼してないわけじゃないけど…こんな夜遅くに女子生徒を一人にしておくわけにいかないからなっ」
「…あはは、大丈夫ですよ。この前の休みに街に出た時も、言い寄ってきたオジサンに一発KOで勝ちましたし」
「一発KOって…そういえばその話、職員室でももちきりだったな……」
「マジですか。照れますね」
「いや褒めてはないけどな」
「あはは…まあつまり私は1人でも大丈夫だってことですよ。それに…」

私、直獅先生の担任するクラスの生徒でもないですし。あまり直獅先生の手を煩わせたくないんです。とだけ言い残し、私は直獅先生から逃げるようにして職員室を飛び出した。…何で私はいつも人の優しさや期待に応えられないんだろう。そう心の中で弱い自分を責めながら







空想レッテル


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