「…オイ、あれって噂の学園のマドンナじゃね?」
「え?ああ…本当だ。二人めのちょっと乱暴な方な」
「つーかあれって寝てる…よな?なぁ、少し近付いてみよ…」
「君達、こんなところで何してるの?」
「「!水嶋先生、」」
「君達は確か…天文科の生徒だったよね?君達二人のこと、さっき陽日先生が呼んでたよ?早く職員室に行った方がいい」
「え?あ…はい。分かりました…」

追い立てられるように職員室の方へと去っていく男子生徒二人。僕はそんな彼らを一瞥し、芝生の上で静かに寝息をたてる彼女に近づいた。温かい太陽の陽射しに彼女の栗色の髪がきらきらと照らされている

「…はぁ、こんな所で昼寝だなんていいご身分だね。僕が来なかったら、一体どうなってたか…」

襲われでもしたらどうする気だったんだろう?まぁこの子はそこらの男より無駄に強いから、あまり危ない目には遭わないだろうけど…。自分で対処しちゃうだろうしね

「君は…"強い"子だもんね」

だけど、この子は夜久月子(かのじょ)とは別の意味で鈍すぎるから、逆に心配になるんだ。ちゃんと自分の価値に気づいてるのかって。僕は呆れたように小さく笑みを浮かべ、彼女の耳に囁いた

「雛ちゃん、起きて」
「……」
「雛ちゃんってば」
「……」
「…はあ、仕方ないなぁ。眠り姫は王子のキスが必要だよね?じゃあさっそく…」
「……!?」




**




誰かの声が聞こえたと思ったら、いきなり"キス"とか言う単語が頭の中に入ってきたものだから。私は思わず飛び起き、反射的に目の前の人物をグイッと押し返した

「っ…!」
「…あーぁ、雛ちゃん起きちゃったんだ?残念、雛ちゃんとせっかくキス出来ると思ったのに」

あくびれもせず笑い、水嶋先生は顔を真っ赤にした私の髪の毛をくるくるとその細長い指に巻き弄ぶ。…くっ、この歩く18禁め。どうしたいんだマジで。どうせ私にキスつもりなんかなかっただろうけど、こんなことをされたら流石の私も焦る

「…で?君はどうしてこんな所で寝てたの?」
「え?いや…学園を散歩してたら、ちょうどここを見つけまして。ぽかぽかして気持ち良さそうだなぁと思って日向ぼっこをしてるうちに、急に眠くなって…」
「あはは、君らしいね。…まぁ、その気持ちは分かるかも」
「?本当ですか?」
「うん。確かに陽射しが温かくて気持ち良いもん、ここ。職員会議に出たくなくなっちゃうくらいにね」
「!……」

また直獅先生から逃げてる途中なのか、この人…。直獅先生が不憫だなあ。「僕…常々君にはポニーテールが似合うと思ってたんだよね」とか言って、私の髪の毛を勝手に結い始める水嶋先生に私はため息をついた。そして水嶋先生のものとも思われる、芝生の上に置かれた本やプリントの束を手に取る

「…水嶋先生、今日は随分荷物が多いですね」
「あぁ、これ?会議や授業で使う資料がいろいろとね。実は陽日先生に今日中に返さなきゃいけなかったんだけど…」
「大丈夫なんですかそれ。もう夕方ですよ?」

ツッコミ半分にパラパラと資料を見ていると、それらには十二星座の基本的な知識等が載せられていた。…宇宙科の私からしたら少しジャンル違いかもしれない。見ててもさっぱり分からない。ん…というか付箋とかいっぱい付いてるしラインマーカーとかも引いてあるんだけど…何だ水嶋先生すごいなあ

「水嶋先生、見た目と違って真面目ですね」
「何それ誉めてるの?」
「ふふっ、もちろんですよ」

その腕にあるシュシュ貸して?と言う水嶋先生に「どうぞ」と手渡せば、先ほどの宣言通りポニーテールに結われた。あ、なんか首もとが涼しい…これはこれで快適だ

「やっぱり君にはポニーテールが似合うね。明日からそうしなよ」
「えっ…却下です、いちいち結ぶの面倒くさいし」
「女の子なんだからそれは仕方ないじゃない。お洒落にもっと気をつかいなよ」
「え〜…する必要がありませんよ」

だって、私のことを見てくれる人なんていませんもん、なんてへらっと笑えば、水嶋先生は私の髪の毛にすんと鼻を近づけた。ちょっ、いきなり何するんですか

「み、水嶋先生?」
「…君は分かってないねぇ。君だって男子生徒からしたら注目の的だって言うのに」
「へ?」
「だって君、普通に可愛いじゃない。それにかなりモテるし」
「…?あはは、水嶋先生は冗談が上手ですね」
「冗談なんかじゃないよ。君が考えてるより周りは君のこと評価してる」
「……、もしそうだったら嬉しいとは思いますけどね」

すくっと立ち上がりスカートについた芝生の草をパタパタと払い、私は傍らにあった水嶋先生のプリントやら教材やらを取った

「…雛ちゃん?」
「これ、私が陽日先生に届けてきますよ」
「え?」
「水嶋先生が"私を見捨てない"という選択肢を選んだことへのお礼です。ありがとうございました」
「?…どういうこと?」
「さあ何でしょうね?」
「からかわないでよ。大人を手玉にとるなんて…君って意外に悪い女だね」

「もしかして生徒会長くんもそうやって口説いたのかな?」なんて意地悪く笑い、水嶋先生は私の唇に指をあてた。…いつもだったら払いのけてるとこだけど、あいにく今は両手いっぱいに水嶋先生の荷物を抱えているから無理だ。唇に伝わる冷たい感触がくすぐったい

「…違いますよ。ただ私も"水嶋先生と同じ側の人間"だから、水嶋先生が私に関わってくれたのが私は素直に嬉しいんです」

水嶋先生は優しいから…いつも私を"飾る"ような言葉をくれますし、と言葉を残す。そして私はぺこりとお辞儀をしてその場を去った。両手いっぱいに抱えた資料が何だか少しだけ重く感じるのは何故だろう







空想レッテル


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