「…相変わらず何もない部屋だなあ」

素直な感想をこぼして、革のソファーにぐでっと寝転がる。内装ホロさえあまり利用せずに、本当に生活に最低限必要なものだけしかないこの部屋。…なんというか、男の部屋ってこんなものなのだろうか。面白味も娯楽もないというか。今度機会があったらギノさんの部屋を見て比較してみたいものだ

「…仕事人間なのは分かってるけど、部屋に"槙島"の資料しか並んでないというのも…」

シャワーの水音が響く今の状況じゃ本人には聞こえていないだろうことを良いことに、本音が漏れる。…こういうプライベートな空間にも彼の異常性が窺えるのは少し悲しいことで、同時に少しの恐怖感を感じてしまう

「(せめて自分の部屋ぐらいはストレスケアした方がいいんじゃないかなー…)」

まあ私がこんなこと言ったところで狡噛は聞き入れてくれないだろうけど。…監視官から執行官に降格してしまった時もそうだった。当時、監視官としての優秀な彼の姿と知っていたからこそ、あのときのギャップには私もショックが大きかった。彼はそのままエリート街道を突き進むものだと思っていたのに。……あくまでも狡噛は自分のやりたいように行動してその結果がああいう形になった。本人に後悔がないならいい。けど、あの頃からずっと私の気持ちは届かない。ただ狡噛が心配なんだよって気持ち、どうしたら伝わるんだろう。…分からないよ。もやもやする気持ちを一旦落ち着かせるように、今手に持っていた本をばさりと乱雑にソファーに置き、俯せに倒れこんだ

「……佐々山先輩だったらどうしてただろう」

佐々山先輩の最期は……思い出したくない。潜在犯の私でさえ、ただ純粋にあの死体を見たときは「なんて酷いことを…」と素直に恐怖したものだ。あんな最期を、あの佐々山先輩が迎えたなんて。そう考えると狡噛の槙島への執着や怒りは至極真っ当だ。けど、もしここに佐々山先輩がいたら。「へえ、お前そんなに俺のこと思ってくれちゃってたわけ?はあー監視官様にそこまで思われてたんて俺も罪な男だな」なんて笑い飛ばしそうだ。お前、俺のために執行官に降格になったの?馬鹿だなあ。せっかくのエリート街道を、なんて。…狡噛を導けたのは今も昔も、佐々山先輩彼一人だけだった気がする。とても、不思議な人だった。刑事としての才能や勘も優れていたけど、何より「人の心理」を分かっていた。大雑把なようでその実敏感。シビュラにより統制された社会における執行官の自分のやるべき役割も、この世界で法を犯す者を裁くその意味も。彼が一番よく理解していた気がする

『…お前、何で此処にいるわけ?』

生前彼に言われた言葉。今でも覚えてる、あの気だるそうにしながらも本心から問う真剣な瞳

『…別に。興味本位。シビュラが適正を認めてくれたのにつけこんで、軽い気持ちでやってみただけですよー』
『軽い気持ち、ねえ…』
『そ。佐々山先輩が女の子のお尻触りたいなあーとか思うの同じ感じ。ただ目の前にあったから』
『馬鹿、俺だって誰それ構わず尻撫で増してるわけじゃねえ。例えば、目の前のお前みたいなガキは願い下げだ。もっと出るとこ出てから出直してこい』
『いやこっちこそ願い下げですけど!てか、私はまだ14だし仕方ないでしょこれから志恩先生くらい大きくなります』
『…それだよそれ』
『へっ?』
『お前、まだガキ過ぎるんだよ。この仕事やってくのに。…‘違和感‘はそれだ』

…彼は私をどう見てたのだろう。狡噛がエリート監視官ながらも、この社会に対して真っ直ぐでまた純粋すぎて「危なっかしい」と思っていたように、私のこともそう見ていたのだろうか。対等の身分でなく、ただ年上風を吹かせて

『そりゃ少年法もない時代だが、まだ14のガキが此処にいるべきなのか?』
『…?…い、いきなり何ですか。シビュラの誤択だって、言いたいの?佐々山先輩。別にシビュラなんか信用してるわけじゃないですけど、まだ右も左もわからないガキの私にも可能だと判断されたから執行官になれたんですよ?』
『そういう意味じゃねえ。お前に、この社会と向き合ってくことが出来るのかって話だ。俺はもう言うてもこんなおっさんだから、数えきれないくらいの汚れにまみれてきた。…だけどお前は違うだろ?』



「−……ガキ、か」
「?何だ、どうした」
「え、あ…こ、狡噛。シャワー浴びんの早いね」
「そうか?お前がボーっとしてるからだろ」

そう、かな…ものの10分くらいな気がしたけど。黒い髪の毛も、衣服を身につけていない上半身もまだ濡れたままで。彼が動く度ぽたりぽたりと水滴が床に落ちる。…ついでに言うとソファーで寝転がってた私の顔にも水滴が落ちてきた。ああもうちゃんと拭いてから出てきてよう…!私は狡噛が首に巻いていたタオルをサッと抜き取り、ソファーの上に立って、強引に彼の頭をぐしゃぐしゃとタオルで拭いてやった

「っ、おい」
「濡れたままじゃ身体冷えるでしょ」
「別にいいだろ。面倒くさいんだよ」
「刑事は身体が資本って昔どっかの誰かさんに言われましたよ?狡噛先輩?」
「……お前がこの部屋にいるだけで俺の色相が濁りそうだ」
「うわっまたそうやって酷いこと言う!」

むうっと頬を膨らませ、じろりと睨んでやったところで意味は全くない。むしろ「なに勝手にふてくされてんだ」と怪訝な顔をされた。…何でこの男は刑事としての才能には溢れているのに、こういうことには鈍いんだろうか。もう少し分かるようになってくれてもいいような…。狡噛の髪の毛や身体を拭く手に力をこめば、乱暴な女だなと非難された

「…で?」
「えっ?」
「独り言呟いて、そのうえ溜息ついてただろ?」
「あ、ああ…うん。ちょっと、思い出し事を…」
「思い出し事?」
「―…ガキって、言われたなって。今はただ大きな力を持っていることにはしゃいでるガキでもいいけど、そのうち自分が背負ってるものとか、この世界の仕組みや矛盾に気づいて考えるようになったら。私は壊れるって。そう教えてくれた人がいたなって」
「……佐々山か」
「!…う、ん」

彼の髪の毛を拭いていた手を止める。…狡噛のなかにいる佐々山先輩は、どんな姿をしているのだろう。最期のあの姿のまま狡噛になかで時が止まっていたなら悲しいことだ。もっともっと、いろんな姿があったよね。大切な一瞬一瞬があったよね

「私は…ドミメーターを持つにはまだ幼いし、綺麗すぎるって。本当にその通りだった。だんだん成長するにつれて、執行官の本当の意味も佐々山先輩の言葉の意味も分かってきた。…すごく、本質を見抜ける人だったよね」
「……そうだな。普段は女好きのクソヤローだったが、誰より何より鼻がきいて目もよくて勘も鋭くて…優秀な猟犬だった。いや、狂犬か」
「…狡噛と佐々山先輩は、不思議な関係だったよね。お互いがお互いに‘与え合ってた‘」

まるで子供が親に甘えるそれのように、私はぎゅっと狡噛を後ろから抱きしめた。まだ濡れているその肌は熱を持っていて。その熱を「あたたかい」と思える私はきっとガキだ。そこに気持ちがないのなら、これはぬくもりなんかじゃない。安心したいからって、狡噛に近づきたいからって先入観が先を急ぐ。私は狡噛からの反応がないのをいいことに、その広い背中にこつんと額を合わせ縋りつく

「……わたしだって、頼りになるよ。佐々山先輩ほどじゃなくても、狡噛の腕くらいにはなれるさ。右も左も分からないガキでも、真っ直ぐひたすら走り抜けることはできるよ。遠回りでも、絶対役に立てる。言葉だって、難しいのは無理でも大切なことは与えてあげられるもの」
「…珠子…」

「…お前は、やっぱりガキだよ。」そう言う狡噛の顔はあいにく見えなかったが、なんだかさっきより纏う雰囲気が柔らかくなった気がして。少し、安心した。嬉しくなって背中にぐりぐりと頭を押し付けたら、ただ無言で頭を鷲つかみされ距離をとられたのにはイラッとしたが

「駄々をこねる子供も、躾のきかない子犬も同じか」
「んなっ」


――――
二人の関係性はこんな感じ




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